刑事コロンボ
#16『断たれた音』
[THE MOST DANGEROUS MATCH]
(1973年3月4日放送)アメリカ
(1973年11月25日放送)日本
<あらすじ>
チェスの世界チャンピオン、エメット・クレイトン(ローレンス・ハーヴェイ)は、前王者トムリン・デューディック(ジャック・クラスチェン)との対戦を控えていた。試合前夜、2人は密かに対戦するが、結果はクレイトンの惨敗。追い詰められた彼は、デューディックをホテル内のゴミ粉砕機の傍に誘い出すと、稼働中の機械に突き落とし、ホテルを抜け出そうとして足を滑らせたように偽装した。しかし、デューディックは重体ながらも一命を取り留めていて――。
<スタッフ>
監督 エドワード・M・エイブロムズ
脚本・原案・ストーリー監修 ジャクソン・ギリス
原案 R・レヴィンソン&W・リンク
制作 ディーン・ハーグローヴ
音楽 ディック・デ・ベネディクティス
撮影 ハリー・ウォルフ
<キャスト>
ピーター・フォーク(コロンボ)ロサンゼルス市警警部
ローレンス・ハーヴェイ(エメット・クレイトン)チェスの世界チャンピオン
ジャック・クラスチェン(トムリン・デューディック)チェスの前世界チャンピオン
ハイディ・ブリュール(リンダ・ロビンソン)プロモーター
ロイド・ボクナー(マズール・ベロスキー)デューディックのコーチ
マシアス・レイツ(アントン)デューディックの執事
マイケル・フォックス(ベンソン)獣医
ポール・ジェンキンズ(ダグラス)刑事
感想
今回対決する相手は
チェスの世界チャンピオン。
元チャンピオンとの対局を控え
前夜に手合わせして惨敗し
王座を奪われる可能性が高く
追い込まれたクレイトンは
元チャンピオン、デューディックを
ゴミ粉砕機に落下させて殺そうとする。
しかし被害者はまだ生きており
いつ目を覚ますかという不安と
うっとおしいコロンボの追及をかわしながら
なんとかとどめを刺そうとするのだが……。
犯人役が終始ムカつく野郎で
対照的に被害者のお爺ちゃんが
非常に優しい人なので、
コロンボがねちっこく犯人に
カマをかけるたびに応援したくなった。
しかしながら、
犯人を演じたローレンス・ハーヴェイは
撮影時に末期の胃がんと闘病中で
食事もろくにできない状態、
さらに本作が日本で放送された
1973年11月25日に亡くなったと聞いて、
まさに命を削った演技に心を打たれた。
#10『黒のエチュード』で飼うことになった
コロンボの愛犬ドッグが再登場。
耳にエノコログサが詰まって
耳を掻きむしり
動物病院で手当を受けていた。
終盤では元気に階段を昇る姿が見られる。
殺されたと思われた被害者が
まだ生きていた展開は
#1『殺人処方箋』に次いで2例目。
助からないでくれと願う犯人の
クレイトンの前で電話に出て
「動いた?そりゃ良かった」と
クレイトンを動揺させて
実は手術を受けた愛犬の話だったという
おちょくり方が最高。
「古畑任三郎」の『矛盾だらけの死体』も
小堺一機が被害者を殺し損ない、
意識を取り戻した被害者かと思わせて
今泉が寝ているシーンがあるけど
ここの場面のオマージュだろう。
コロンボが怪しむ発覚ポイントも多く
狡猾な犯人とのやり合いが面白い。
チェスプレイヤーならではの記憶力や
壊れた補聴器と
「断たれた音」というタイトルの
伏線回収が良かったので
シリーズでも上位の評価です。
(もちろん欠点も多いけど)
☆☆☆☆☆ 犯人の意外性
★★☆☆☆ 犯行トリック
★★★★★ 物語の面白さ
★★★☆☆ 伏線の巧妙さ
★★★☆☆ どんでん返し
笑える度 -
ホラー度 -
エッチ度 -
泣ける度 -
評価(10点満点)
8点
※ここからネタバレあります。
1分でわかるネタバレ
○被害者 ---●犯人 -----動機【凶器】
①トムリン・デューディック ---●エメット・クレイトン ---名声【転落死・未遂:ゴミ粉砕機】
②トムリン・デューディック ---●エメット・クレイトン ---名声、口封じ【毒殺:不明】
<結末>
デューディックが目を覚ます前に
始末しないといけないクレイトンは
リンダが持っていた
リストの薬品を覚えて
別の薬品(毒物)にすり替えておいた。
そのせいでデューディックの容態は悪化し
間もなく死亡が確認された。
コロンボはゴミ粉砕機に落ちた被害者に
なぜ犯人がとどめを
刺さなかったのか疑問だったが、
物が落下すると安全装置が働いて
緊急停止することがわかり
犯人はクレイトン以外にいないと確信。
チェスの同時対局中の
クレイトンを動揺させて
稼働中のゴミ粉砕機の
騒音の中に呼び出し、
あなたが犯人だと詰める。
証拠を見せろと怒鳴るクレイトンは
カッとなって補聴器を外す。
そこを見計らったかのように
機械を止める刑事。
コロンボはまだ騒音の中で
大声で会話しているふりをすると
「じゃあ機械を止めろ!」と
クレイトンが言った。
やっぱり聞こえていない。
とどめを刺さなかったのは
機械が止まったことを知らないからだ。
そうなると犯人は
補聴器を壊して音が聞こえなかった
クレイトンしかいないのだ――。
トリック解説
クレイトンが使った
「犯行トリック」だが
第1の殺人(未遂)は
ゴミ粉砕機に落として殺す計画。
まず前準備から。
デューディックの名前で
空港行きのタクシーを予約して
ホテルの裏口に待たせる。
そしてルームサービスが来る
タイミングに合わせて
デューディックを心配させる電話をして
ゴミ処理室の前の廊下に呼び出した。
デューディックが部屋を出て
ホテルの従業員がいる間に
ドアのラッチが出ないようにテープを貼る。
従業員が出たら
部屋に入ってトランクに日常品や
衣類を詰めて持ち出す。
その時に印付きの封筒も持って行く。
デューディックと落ち合い
リンダとの破局を悔やんでいる風を装い
「自分が間違っていた許してくれ」
という内容をデューディックに代筆させる。
それを受け取って
ゴミ処理室の前で揉み合いになり
クレイトンはドアを開けて
デューディックをゴミ粉砕機に突き落とした。
事件発覚後クレイトンは
デューディックの手紙を警察に見せて
彼が自信を失ってホテルの裏口から
逃げ出そうとして足を滑らせて
ゴミ粉砕機に落下したように偽装する。
クレイトンは現在のチャンピオンで
挑戦者が急に逃げ出したわけだが
信憑性を高めるために
前日のレストランでの試合では
自分が勝ったことにしている。
実際はクレイトンの方が惨敗したが
デューディックの口を封じさえすれば
誰も真実はわからないのだ。
ただ1つの誤算は
機械が止まって死ななかったということ。
第2の殺人は
リンダの持っていた薬のリストを記憶して
別の薬品(おそらく毒物)とすり替えて
被害者に投薬させ悪化して死亡させた。
今回コロンボが仕掛けた
「逆トリック」は
「音」が重要なポイントになる。
ゴミ粉砕機が落下物を検知すると
安全装置が働いて
機械が止まることを知った時に、
ではなぜ犯人は
もう1度ボタンを押して
とどめを刺さなかったのかという
理由に辿り着くコロンボ。
犯人は耳が聞こえなくて
機械が止まったことに
気づかなかったのだと――。
そこでコロンボは
対局中のクレイトンを揺さぶり
「フールズメイト」を誘発するなど
心理的に追い詰めてから
「証拠を出して見ろ」と言われて
地下のゴミ処理室へと連れて行く。
コロンボは
「犯人だとは言ってませんよ」
「完璧な殺人だった」と
相手をイライラさせて
クレイトンを怒らせて
補聴器を外すように仕向けた。
奥でこっそり刑事が
ゴミ粉砕機を止めたが
なおもコロンボは大声で
機械が回っているような芝居を打つ。
「でも機械がうるさくて!」
読唇術で「音」が無くても
コロンボの言葉は読めるクレイトン。
「だったら機械を止めたらどうだ!」
そこでコロンボは無言になる。
クレイトンは様子がおかしいと気づく。
いつの間にか機械が止まっていた。
コロンボが証明したのは
機械が停止したことに気づかなかった
「音が聞こえない人物が犯人」ということ。
実際にクレイトンは補聴器が無いと
音が聞こえなくて
機械の停止に気づかなかった。
犯行時と同じ状況を与えて、
音が聞こえない犯人でしか
起こりえないミスだということを立証したのだ。
視覚的に停止したのがわかれば
また話は違うのだが、
あの粉砕機の入口は
開閉式の扉が付いていて
機械に潰されるところが
見えないようにしてあり、
回転するベルトも階段の下の方にあるため
落とした場所からだと
視覚で停止したかどうか判断できない。
この世界に難聴の人間は
何人も居るだろう。
しかしこのホテルの
地下室に近づける人は限られる。
補聴器が壊れて音が
完全に聞こえなかった人も限られる。
音の聞こえない状態で
ホテルの地下室に来ることが出来る人物は
クレイトンただ1人しかいない。
もしも仮に健常者の犯人が
クレイトンに罪を着せるために
機械が止まったことを確認していながら
再稼働しなかった可能性をつつけば
第三の人物が犯人であると
言い逃れができるかもしれない。
しかしその場合
落ちたデューディックが必ず生きており
意識を取り戻したら
お前に落とされたと即バレるため破綻している。
デューディックが意識を取り戻す前に
再び殺す自信があれば可能だが
そんな薄い可能性を追う必要は無い。
よってこの「決め手」は強力に
クレイトンの犯行を証明していると言える。
デューディックに前夜負けて
王座陥落の危機という動機、
自分のペンのインクで
デューディックの筆跡の置き手紙、
リンダの薬品リストを見た……。
状況証拠が揃っていて
もはや逃げることはできなかった。
犯人がミスをしたり
小さな偶然から真相が明るみになる
「発覚トリック」をピックアップ。
①デユーディックが
ホテルから逃げ出して
ゴミ粉砕機に落ちたと聞いたクレイトンが
「心よりお悔やみ申し上げます」と
弔辞を述べたが、
デューディックは重体ではあるが
まだ生きていた。
自分では殺したと思っているから、つい口が滑ってボロが出たパターン。生きていると聞いた瞬間、即座に喜ぶことも出来ず「下で聞いた話では……絶望ということで……」と歯切れの悪い返答をしてしまった。コロンボもこの時点でこいつが犯人と確信しただろう。
②洗濯物入れに残っていたシャツに
ニンニクの臭いがついている。
糖尿病で食事制限があるデューディックが
制限されるのを嫌がって昨夜
外出して食事をしたのではないか?と
コロンボが疑問に思う。
シャツの臭いからそこまで導くとは……。コロンボは後にクレイトンとデューディックが食事をしたフランス料理屋に行って確認を取っている。
③デューディックは義歯(入れ歯)だった。
ゴミ置き場に落ちていたトランクに
普通の歯ブラシが入っていたが
入れ歯の人は専用の歯ブラシを使う。
この歯ブラシは誰の物かと尋ねたら
執事で健康管理人のアントンの物だった。
本人が荷造りしたのではなく、デューディックが入れ歯だと知らない人物がトランクに荷物を詰めたことになる。殺人の可能性が浮上した。クレイトンは「ボーイが買収されて代わりに荷造りした方が可能性がある」と言ったが、どういう状況?旅先から帰国する際に、他人に荷造りさせて忘れ物をしたら取りに戻れないから普通は自分で詰めるでしょう。
④クレイトンのドアの隙間から
下に置いてあった置き手紙。
筆跡はデューディックのものだが
腑に落ちないのは
ちゃんとした封筒に入っていたのが
ただのメモ用紙だったこと。
デューディックの部屋には
封筒も便箋もあったが
メモ帳らしき物は無かった。
手紙に署名もしていなかった。
封筒を使ったのに便箋は使わなかった疑問はあるが、メモ用紙はどこから出て来たのか?クレイトンは「異常な精神状態にある者に正常な行動を要求するのは無理でしょう」と誤魔化したが……く、苦しい。署名が無いのも不審な点だ。
⑤クレイトンは試合の定刻より
5分ほど遅れている。
試合の前は散歩をするのと
補聴器が壊れたので
取り替えに行っていたと答えた。
コロンボは後でしっかり補聴器を修理したか裏を取った。そして、この補聴器の影響で殺人の際に音が聞こえなかった事実が後の決め手に繋がる。
⑥デューディックのトランクに
もう1つ大事な物が入っていない。
アンティークのチェスセット。
大事にしている物なのに
荷物に入れなかったのはなぜか?
クレイトンもチェスセットを持ち歩いていることを見せて、チェスに通じてる人間はこれを忘れることはないと反論。トランクに入っていなかったのを逆に都合良く利用されたので、コロンボはデューディック氏とレストランの食事の時に塩の瓶とかでやらずそのチェスセットでやればいいのにとやり返したら、クレイトンは急に外に出たので忘れたと弁解。さっきと言ってることが違わない?
⑦デューディックは
チェス日記を付けていて
最新の日付にあの夜の
レストランの試合の結果も
正確に書き残してあった。
それによると
相手の名前は書いていないが
黒が41手で投了とある。
レストランの店主の話では
デューディックが「塩の瓶」を動かし
クレイトンが「コショウの瓶」を動かした。
とすれば、
負けた黒側はクレイトンではないか?
チェスは「白」が先手で「黒」が後手、色で考えて塩の瓶が「白」でコショウの瓶が「黒」、先に駒を動かしたのがデューディックでそれに応えたのがクレイトン。それならば、どう考えてもクレイトンが「黒」なのだが、誰も勝敗の結果を知らないためクレイトンが嘘をついている証拠が無い。この指摘にクレイトンは「いや……」としか答えなかった。弱っ。
⑧リンダが持っていた薬のリストを
クレイトンは1度だけ見る機会があった。
その時に見て素早く記憶していたのでは?
チェスプレイヤーの記憶力はあなどれない。その直後にメモ書きしているところをコロンボが見ている。一方でコロンボは、クレイトンが落としたペンを走り書きして残していて、そのペンのインクが置き手紙のインクとよく似ていると鑑定結果が出た。コロンボもあなどれない。
⑨チェスの同時対局中のクレイトンに
コロンボが話しかけて動揺を誘うと
その中の1戦で素人相手に
「フールズメイト」で負けてしまう。
「フールズメイト」とは白と黒が
2手ずつ動かして
最短の4手で詰んだ盤面。
右にある黒のクイーン(龍+馬)が
斜めにキング(王)を狙っていて、
キングは逃げ場が無い。
キングの右のビショップ(角行)は
斜めにしか動けず、
その右のナイト(桂馬)は
斜め2個前か横しか動けない。
誰もキングを守れず詰み。
これは右2列目のポーン(歩)が
角道を作ってしまったのが敗因。
(ポーンは将棋の歩と違って
初めの1歩だけ2コマ動ける)
集中力を欠いたクレイトンだが、いくらなんでも「フールズメイト」という初心者しかあり得ないような盤面で詰むとは……。それだけ激しく動揺しているということか。
⑩ゴミ粉砕機の中に
物が落下したら
安全のために機械が停止する。
だから機械を動かすには
再度ボタンを押さないといけない。
デューディックが助かったのは
停止したままだったからだ。
なぜとどめを刺さなかったのか?
これが今回の「決め手」になる。普通ならゴミ粉砕機に人を落とした瞬間に機械が停止したことがわかる。再度ボタンを押してとどめをさすだろう。しかし、クレイトンは殺人の場面で補聴器が壊れていたため、音がよく聞こえなかった。落ちた瞬間に死んだと思っていた。つまりこの犯行は「耳の聞こえない人物」の犯行である。
伏線解説(★は巧妙なもの)
①【エスカルゴ料理】
デューディックがレストランで頼んだ
エスカルゴにバターとニンニクが
たっぷり使ってあった。
「エスカルゴ。バターとニンニクを詰めてね。良いワインとフランスパン、そしてエスカルゴ!」
上機嫌なデューディック。
- このニンニクの臭いがシャツの袖口に残っていたため「外食した証拠」になる。
- ちなみにデューディックがこのレストランにクレイトンを誘導したわけだが、彼が付いてくるという確信があった。ホテルのフロントでクレイトンが時刻表か案内パンフとかを見ていたが、今そんな物を見る必要が無い。だから暇をつぶして様子をうかがっているんだとデューディックにはバレバレでした。
②【塩の瓶とこしょうの瓶】
レストランでエスカルゴを食べる
デューディックが
塩の瓶をテーブルのチェック柄に置くと
クレイトンがコショウの瓶で応戦する。
- 塩の瓶が白「先手」、コショウの瓶が黒「後手」と、視覚的にわかりやすいように色分けしている。ちょうど店主がテーブルに来た時に始めたのも(脚本的に)目撃者が必要なので意図的。クレイトンは店主がどちらが勝ったかわからないことを見越して「僕が勝った」と言ってコロンボを騙そうとしたが、デューディックが先に塩の瓶を動かしたという余計な証言を引き出してしまい墓穴を掘った。
★③【壊れた補聴器】
クレイトンは殺人の場面で
補聴器が壊れていたため
音がよく聞こえなかった。
クレイトンは物事に集中したい時に
補聴器を切ったり、
雑音がひどくなると
補聴器を外してしまうことが
描写されている。
- クライマックスのゴミ粉砕機の場面で、コロンボはクレイトンの補聴器を外さなければならなかった。そこでわざとイライラさせて雑音で集中力を失わせて補聴器を外すように仕向けている。殺人の場面と最後の「決め手」の両方で意味のある「犯人のミス」を繋げているのは巧妙。
④【地下のゴミ粉砕機】
外出していたデューディックとクレイトンが
裏口からホテル内に戻る。
すぐそばのゴミ粉砕機で
ゴミの処理をしている清掃員がいた。
- 裏口から地下のゴミ処理室を抜けてホテル内に入ることができることを視聴者に見せておき、デューディックが裏口から逃げてゴミ粉砕機に落ちたことが不自然でないように伏線を張っている。
⑤【クレイトンの記憶力】
コロンボがクレイトンに会った時
「チャンピオンに会えて光栄です。私のいとこがあなたは世界一だと」
というのが最初の会話だった。
そしてクレイトンは物語の後半で
コロンボに「お忘れでしょうが……」と
言われたので腹が立って
コロンボが最初に話しかけて来た台詞を
丸々覚えていることを示して
無駄な質問をするなと牽制する。
「“チャンピオンに会えて光栄です。”」
「それは?」
「最初に会った時の君の台詞だ」
「私が言った台詞を覚えているんですか?」
「君も質問を忘れるな。急いでいるんだ」
「驚きました。すごい記憶力だ」
- クレイトンの記憶力がすごいという伏線。この記憶力でリンダの持っていた常備薬の薬品のリストを1目見ただけで覚えていて、薬品をすり替えることができた。
- ここは吹替だとニュアンスが違う。コロンボの「いや実はねぇ、本音を吐いてしまいますがねぇ~」にクレイトンが苛立って「君の切り出し方は型にはまってるな。君の車に乗せられた時もまさに今の言葉だった」「あれ~、あの時もそう言いましたか?それ覚えてる?」「同じ質問を繰り返さないように頼む」「いや~すごい。こんな人初めてだ」という流れ。……コロンボの遠回しな言い方を咎めているだけで、これではクレイトンの記憶力のすごさが伝わらないし、コロンボが何をすごいと褒めたのかもわかりづらい。
- この作品では、犯人の記憶力が犯行の手助けになったが、逆に犯人の記憶力が墓穴を掘ったパターンが「古畑任三郎」の『VSクイズ王』で使われている。楽屋にあった架空の新聞記事の内容を記憶していたために、古畑の逆トリックに引っかかってしまうというもの。
欠点や疑問など
- 冒頭のチカチカした悪夢の表現が目に優しくない。
- クレイトンは殺人の前夜に補聴器を投げて壊してしまった。翌日、デューディックをゴミ粉砕機で殺す計画を思いつくが、空港のタクシー会社へ電話中に補聴器が反応しなくて一方的に依頼を頼み、デューディックへの電話も返事が聞こえないのでちゃんと伝わったかわからないはず。殺人計画として不安定。来なかったら計画は中止したのだろうか?
- ルームサービスの従業員が入るタイミングでデューディックを呼び出したら、ドアに細工するところを見られる危険が高いし、そんなに上手くいかないと思う。
- デューディックが手紙を書くシーンで口元がアップになって笑い方が怖かったので、どうせ読めないだろうとわざと違う内容を書いたのかと思ってしまった。
- 車を運転するシーンの背景の合成感が目立つ。あのオープンカーなら、クレイトンの髪がもっと風でバサバサになるはず。
- チェス日記。対戦相手の名前を書かないなんてアホがいるんですか?せめて「黒41手、投了」の後、WINかLOSEかだけでも書けや。何のための日記だよ。
- チェスの最短詰み手は4手(2手ずつ)ですが、いくら動揺したとしても「フールズメイト」になるのは無理がある。将棋の「二歩」とは違って盤面を忘れたうっかりミスで作ろうとしてできる盤面では無いんです。
- ちなみに、某サイトのコメント欄で「クレイトンがコロンボの質問を早く終わらせたくてフールズメイトにした」との意見があるがこれはさすがに深読みしすぎです。プライドの高いクレイトンがフールズメイトで失笑されたいわけがありません(同時対局を止めればいいだけです)し、脚本の意図的に「クレイトンが動揺してしまった」ことを表現したいのに、これではクレイトンは冷静そのもので後のイライラにもまったく繋がりません。だからといって故意にやったわけでもない。つまり、脚本のミスということです。
- クレイトンがすり替えた薬はどこから仕入れた?そもそも常備薬をリンダが持って来て渡すより同じ薬を病院側で用意すればいいし、部屋に入ってすり替えたタイミングも都合良すぎるし、薬が原因なのはわかりきっているのにアンプルはもう処分したとか……2回目の犯行が無理矢理すぎる。
- クレイトンと置き手紙のペンのインクが似ているというのは証拠として弱そう。インクにそんな多くの種類があるのだろうか?
- デューディックが回復に向かっているという話なのに、口もきけない状態というのが疑問。
- 動機が弱い。チャンピオンの座から転落して人生が破滅するほどの大きな理由があったの?殺したい理由は「負けるかもしれないから」だとしたら考え方が幼稚。国を賭けての負けられない戦いのようなギスギスした雰囲気は微塵も無かった。それだったら2人がこっそり会うこともできないし、ボディガードが付いて要警戒するはずだよね。
- デューディックが死亡したのは完全にコロンボのミス。もう目を付けていることがバレてるんだから堂々とクレイトンを監視して動きを封じないと駄目。とくに自分が病院を離れる時は部下を付けないと。
名場面・名台詞
元世界チャンピオンの
デューディックとの対決を控えて
相手の話題に触れないクレイトン。
関心が無いのかという記者の質問に。
クレイトン「関心を持てば同情が起こってくるもの。チャンピオンというものはね、同情心だけは抱いてはいけないんだ。試合が終われば惜しみなく同情するよ」
デューディックの置き手紙を
持って来たクレイトンが
チェス界は偉大な人を失ったと
弔辞を述べる。
クレイトン「ベロスキーさん。お気持ちはよくわかります。心よりお悔やみ申し上げます。トムリン・デューディック氏は天才でした。世界中のチェスプレイヤーは決して彼の業績を忘れないでしょう」
コロンボ「あの~、それじゃあデューディックさん、もう亡くなられたみたいで悪いですよ」
クレイトン「……じゃあ」
コロンボ「ええ、ひどい重傷ではありますがね。まだ生きておられるんですよ」
クレイトン「……いや、そう……下で聞いた話では、絶望ということで……」
ベロスキー「救急車に同乗した主治医は希望はあると言っています。希望を持たねば」
クレイトン「例えわずかでも……見込みがあるのなら……嬉しいことです」
病院の緊急呼び出し(ポケベル)が鳴って
電話をするコロンボ。
デューディックの容態がどうなったのか
意識を取り戻したのか知りたいクレイトンは
会話にじっと聞き耳を立てる。
コロンボ「もしもし、こちらコロンボ。ナンバーは5。なぁに?あ、そう。繋いでください。……もしもし?先生?コロンボです。……じゃ、治るんですね?」
クレイトン「……」
コロンボ「動いた?ああ、そりゃ良かった。すぐ伺います、どうも!」
何か言いたげな表情のクレイトンにコロンボが説明する。
コロンボ「うちの犬が手術受けたんですがね。付いててやれないで先生が心配して、でも動き出したそうです。猛烈に尻尾を振ってるそうで、ああ良かった。さ、行かなくっちゃ」
クレイトン「……」
デューディックを殺した犯人だと
クレイトンを追及するコロンボ。
だったら証拠を見せろと怒るクレイトンを
地下のゴミ処理室へ連れて行き
そこで口論する2人。
コロンボ「もしあんたが犯人なら……」
クレイトン「証拠だ、証拠はどこにあるんだ警部!」
コロンボ「犯人だとは言ってやしませんよ。もし犯人ならと言ったんです。まあ聞きなさい。実に巧に仕掛けたわけですなぁ」
クレイトン「証拠を見せろと言ってるんだ!」
コロンボ「まさに完璧な殺人だった!」
苛立つクレイトンは補聴器を外して怒鳴る。
クレイトン「僕だという証拠はどこだ!」
コロンボ「あたしの、唇が読めますか?クレイトンさん、あんたは知らなかったろうが、この粉砕装置はねぇ、自動的にスイッチが切れるんだ。だからデューディック氏は即死しなかったんです。落ちた時に、機械は、すぐ停止したんです!」
クレイトン「こんな意味の無い問答の相手ができるか!もうたくさんだ!」
コロンボ「今やるから見ててごらんなさい」
スイッチ脇の刑事が機械の電源を切る。階段を昇るクレイトンを先回りして立ち塞がるコロンボ。
クレイトン「なぜいつまでも僕を引き留めるんだ!」
コロンボ「こう怒鳴らないで済めば、あたしだって、話しやすいんですよ!でも、機械がうるさくって!」
クレイトン「じゃあ機械を止めたらどうだ!?」
そこでコロンボは無言になる。異変に気づいたクレイトンが階段を昇ると、機械はすっかり止まっていた。補聴器をはめ直すクレイトンにコロンボが話しかける。
コロンボ「これがわからなかったんだ。つまりある人物が、殺すつもりでその相手を突き落とした時、突然機械が止まってしまったとしたら……なぜまた回そうとしなかったか?だ。スイッチは目の前にある。それから、前の晩、あなたの補聴器が壊れたと聞いた。修理をしたのは試合の直前だった。それでわかったんだよ。犯人は止まったのがわからなかったからスイッチを入れなかった。今のあなたがわからなかったように。あの時も止まったのがわからなかった。お気の毒だが、縦から見ても横から見ても明らかなんだ、この事件の犯人は……耳の聞こえない人物以外にないんです」
好事家のためのトリックノート(トリック分類表)
8-A、発覚「物理的手掛かりの機智」
●犯人の失敗
【他人の歯ブラシ】
被害者が旅行カバンに荷物を詰めて旅立ったと思わせるために犯人が荷造りしたが、他人の歯ブラシまで入れてしまって、しかも入れ歯の被害者だったので、別人が荷造りしたことが発覚する。
8-B、発覚「心理的手掛かりの機智」
●犯人の失敗
【停止したことがわからなかった】
被害者をゴミ粉砕機に突き落とした犯人だが、補聴器が壊れていて音が聞こえなかったため、機械が停止したことに気づかずに被害者が死んだものと思い込む。
8-C、発覚「犯人自白・告発トリック」
●犯人逮捕直前の自白強要トリック
【音の聞こえない人間】
犯人をゴミ粉砕機のそばに連れて行き、騒音の中、大声で口論する。その最中に協力者が機械の電源を切るが、音の聞こえない犯人は気づかない。犯行時と同じ状況を与えて、音が聞こえない犯人でしか起こりえないミスを立証する。

