先月5月はこれまででも過去最低、自分でも驚きのたった1日だけ綴っただけで終わり、あれからあっという間に1ヶ月が過ぎて行き、889回目を今日アップしようとまた重い腰を上げる。
表面上はいつもとさほどか変わらぬ日々を過ごしていた気がするが、内心はこれまでの人生の中でも衝撃的な出来事で何となく抜けきれないまま、時間だけが過ぎて行っていた。
五月の薫る風と眩しい陽射しもそれほど有効的に前向きな効果は生まず、ただただ決まりきった単調な生活を繰り返していたが、それでも仕事で海外には出掛けていた。
正直、気はまったく進まなかったが、ゴールデンウィーク前の4月27日の夕方、成田空港からアメリカ経由でブラジルに向けて出発していた。
成田からおよそ30時間を越す空の長旅、普通の気分でも半分ほどの行程で疲労困憊気味となりがちだが、今回は途中で引き返したくなるほど日本の真裏にある南米ブラジルはとにかく遠かった。
それでも肉体的な苛酷さはあろうとも、異国文化へ数日間でも身を置くことは沈みがちな気持ちをリフレッシュしてくれそうだし、東京での日常生活からかけ離れている環境が活きるパワーをよみがえらせてくれそうな気もしていた。
成田から10時間掛けてロスに飛び、3時間のトランジット後、ロスからシカゴに4時間強のフライトでシカゴに到着、シカゴでは1時間ほどしか乗り換え時間がなく慌ただしくターミナル移動して、ギリギリ間に合いサンパウロ行きに乗り込む。
事前に真ん中3列の通路側を予約していたが、子連れのブラジル人若夫婦がシートが別々となったらしく、旦那の本来のシート2席前の3列真ん中のシートとの交換を依頼して来る。
彼らは単純にシカゴから搭乗かも知れないが、私は東京からすでにこの時点で18時間が経過していて、これからさらに12時間のフライトに耐え忍ばなくてはならず、窮屈な真ん中のシートは正直ごめん被りたいのが本音。
そうとは知らぬまわりのブラジル人を中心とした外国人たちは、当然私が快く受け入れるものと思っていっていそうな視線を送ってきて、その場の雰囲気はどう見ても私に不利で、どんなに事情を説明しても通路側にこだわる私の気持ちなど異国人の彼らにわかるはずもなく内心とは裏腹に白旗を挙げざるを得ない。
仕方なく全員が搭乗するのを待って、空いている通路側シートを探し移動して事なきを得る。
ホッとしたのもつかの間、離陸後30分くらいで3席前の女性が急に気を失い倒れてしまい、一時騒然となるが、運良く機内に医者がいて処置が行なわれて、1時間後には彼女も回復したようだ。
鉄のかたまりの狭い機内ではすでにやることもなくなり、集中力数値はもちろんゼロで退屈極まりないが、何もする気が起きず眠れぬまま、止まったと錯覚するほどのスローな時間経過が永遠と続く。
肉体的にも精神的にも疲れはあるが、この後の10数時間後には、日本の日常生活では決して体験出来ない自分のお気に入りの居場所が存在している。
特別な指定席があるわけでもなく贅沢な空間ではないが、どの国も訪れてもローカルな人とのふれあいが、何ものにも敵わないほどの贅沢な時間である。
ひとも驚くほどのブロークンイングリッシュレベルではあるが、一生懸命気持ちを込めれば、異文化でたとえ肌の色が違っても、そこには万国共通の真心によってコミュニケーションは可能となる。
ひとには羨ましがられてしまう、仕事とはいえこれまでにヨーロッパを中心に数多くの異国を訪れて来て、ブラジルも今回で10回目となり、この貴重な経験には感謝の気持ちもあるが、誇りにも思う。
この続きはサンパウロに到着後、イミグレーションで入国スタンプをもらった後の行程から、またご報告して行く予定です。
最後に昨日5日は、日頃何かとお世話になっている姉夫婦ふたり一緒のバースデー。
遅ればせながら、ハッピー・バースデー!!!!!
cheers