昔から歌舞伎を観ていて、高校の時は歌舞伎研究会を主宰していた。カンヌでの6分間のスタンディングオベーション、日本国内での評価も凄く高く、100年に一度の大作とまで言われている。歌舞伎に全く興味のない主人までが、ラジオでの様々な人のコメントを聴いて、行こうかなと言い出した。先週の猛暑日、渋谷まで出かけて行ったところネットでは席は空いているという表示だったのに30分前で最後の2席。最前列で主人とは離れ離れ、昼の時間帯だというのもあったかもしれないが、その人気ぶりにまず驚いた。しかもポップコーンのバケットと飲み物を持った若いカップルが非常に多いことにも驚いた。

 さて、肝心の映画の感想だが、残念だが想像を下回るものだった。確かに踊りや芝居の舞台の映像美は素晴らしく、 主役の吉沢、横浜の所作も、よく短期間にここまでできたなというほど文句のつけようがなかった。だが、筋立てに不可解な点が多く、横浜の母親である名家のおかみさん役で、実際に菊五郎の娘である、寺島しのぶは一体どう思いながら映画全体を見ていたのかと興味を持った。とにかく寺島の夫である渡辺謙が女形の名優というのが違和感しかなく完全にミスキャスト。吉沢の父であるやくざの親分役の永瀬正敏のほうがよほど品があったし、ルックス的にも役を入れ替えるべきだったのではないかという印象を持った。何より酷いなと感じたのは、家出した息子ではなく養子の吉沢に3代目の名跡を継がせることを決めたはいいが、襲名披露の口上のシーンの舞台で血を吐いて倒れるとかは現実ではありえないし、よく歌舞伎界からクレームがこなかったなと。

 結局、8年間も放蕩した横浜が突然舞い戻ってきて、あっという間に人気者になり、吉沢はやくざの息子と世間からののしられ、歌舞伎界から追放に近い扱いを受け、何年か、どさまわりを強いられてしまう。この映画の1本の柱である、血は水より濃し。名家の御曹司と養子の悲哀を描いたのだろうが、あまりに極端すぎたのではないか。

 何年後かに横浜が吉沢を呼び寄せ二人は束の間、仲良く舞台で共演するが、横浜が糖尿病の悪化で両足を切断して画面から去っていく。この辺もいくら昭和の時代でも役者がそこまでの不摂生をするのは考えにくい。

 最後は17年後という設定で吉沢は最年少で人間国宝になり、もう一つの柱である、世襲制の歌舞伎界でも部屋子からでも精進を重ねることによって大成し報われるということ。だが、ラストは華やかな吉沢の華麗な踊りが披露され明るく終わったように見えるがストップモーションとなった吉沢のアップの表情から、人間国宝になった喜びより彼の複雑な人生へのいろいろな想いがにじみ出ていたように感じられた。そこは圧巻だった。 

 この映画は歌舞伎に精通している人にとっては、数々の疑問点が出ると思う。時間も3時間は長すぎるのではないか。

ただ、あくまでフィクションとしてなら、主役二人の演技や踊りを観て感動しても決しておかしくない。それにしても最近の若い役者は本当にストイック。役のためとはいえここまでするのかとただただ感心してしまう。いろいろ文句ばかり言ったが、2人の努力と素敵な役者ぶりには心から拍手を送りたい