昔から森進一のファンだった。歌唱力はもちろんのこと、アイドル系のルックスも、ベテランの域に入っても変わらぬ謙虚な態度や人となり等、演歌歌手と言われる人の誰よりも彼を応援してきた。あの独特の声なので分かりにくいが、可愛がってもらった美空ひばりと並んで数少ない絶対音感の持ち主ではないかと思う。決して音程を外すことはない。

 先日、歌う喜びをテーマに森進一の2時間特番があったが、終始笑顔でとつとつとこれまでの人生を語る様子にはすべてを達観した神々しいまでの雰囲気を醸し出していた。もちろんヒット曲を歌う歌声も素晴らしかった。

 森の歌手人生は、それこそ栄光と絶望、むしろ絶望や悲しみのほうが多かった。鹿児島から集団就職で大阪を経て東京に出てきて、いろいろな人との奇跡的な出会いがあってデビューできて人気歌手の座を不動のものにした。念願だった母親を東京に呼んで一緒に暮らし始めたまではまあまあ順風満帆だった。だがほどなくして狂信的なファンの女性から婚約不履行などと大騒ぎされ、家にまで押しかけられて、それを苦にして母が自死してしまった。彼のショックは大きく、大ヒットした「おふくろさん」はそれから何年も歌えなかったし、歌手を辞めようとさえ思ったとのこと。

 そんなとき吉田拓郎から「襟裳岬」を提供され、その歌詞の「日々の暮らしは嫌でもやってくるけど静かに笑ってしまおう」というフレーズや自分の心境に合う歌詞がいくつもあって、もう一度歌ってみようと思えたそうだ。レコード大賞もとり、壇上に上がった妹の横で泣きながら歌った姿は何十年たっても忘れられない。

 弟は優秀で慶応義塾高校を経て日大医学部を総代で出て立派な医者になり本当に嬉しかっただろう。だが、40代でガンで早世してしまう。更に自らのC型肝炎。歌手として数々のヒット作を出した裏でその私生活にはつらいことが沢山あった。

 大原麗子、森昌子との結婚と離婚。3人の息子は、長男は幼稚舎から慶応に入れたものの、ぐれてしまい退学。しかし現在はロック歌手、ワンオクのTAKAとして世界に打って出るほどの活躍している。次男は無事に慶大を出てサラリーマン、三男のHIROも兄同様ロック歌手として活躍している。当然紆余曲折はあっただろうが、森は子供たちの成功を心から喜び、必ずコンサートにも行き、関係も良好とのこと。今やっと平穏な日々を送っているようだ。

 自分自身も新曲を出して、もちろん昔に比べれば声量は衰えているが歌のうまさは相変わらずで、彼が歌いだすと厳粛な気持ちで聞き入ってしまう。もう、彼のような歌手は出てこないだろう。来年はデビュー60周年。いつまでも元気で歌ってほしいと願うファンは自分を含めどれだけ大勢いることだろう。