日曜日の「まつもtoなかい」の初回ゲストとして登場した香取慎吾。松本人志を含めたトークの中に、スマップ解散とその後のことが透けて見えた。
有名な公開処刑と言われた謝罪会見。多分、その時は怒りに任せて、こんな事務所なんか止めてやる的なことを中居君が言ったのかもしれない。だが、ファンや関係者のことを考えて思い直した。これは断言できるが、そもそも中居君はスマップを解散したくはなかった。自分を含め、みんなの怒りが収まるまでしばらく休止ぐらいが妥当だと思っていた。だが、キムタクの居ないときに、3人がジャニー氏の所へ行き、中居君も呼び出されて休止より解散したいと。多数決なら仕方ないと承諾したというのが事実と言われている。
その後すぐに3人は退所を表明し、まるで計画していたかのように飯島氏のもとに行った。当然、中居君もすぐには無理でも近い将来行動を共にしてくれると確約してほしかったが、結果、事務所に期限をつけずに残留した。3人はそれに怒り、中居君ともほぼほぼ縁切りした。中居君にしてみれば、寝耳に水のような解散決定と3人の即退所。ちょうどオリンピックのキャスターでテレビで話をしているときにニュース速報がテロップに出るという残酷な経験もさせられた。
退所会見の時に解散から3年、自分も3人と同じ思いをしなければと、ずっと思っていたと自嘲気味に言っていたが、もちろん保身はあったにせよ、ジャニー氏やテレビ関係者のことのことすべてを円満にクリアして退所したかったという気持ちが込められていた。その言葉で3人はしこりを残しながらも中居君の気持ちを少し理解できたのではないか。中居君のおかげで「笑ってはいけない」や「出川の充電してもらえませんか」で地上波にも出られたのだから感謝こそすれ、恨める立場ではないが、その辺のところはよくわからない。
慎吾の、別の方向に進んだのに、ちょくちょくメールしてきてずっとうざかったという発言からも、縁を切ったのに何をごちゃごちゃとという心境でいたことが分かる。
中居君が退所して「のんびりなかい」を一人で立ち上げても、プチ断絶は続いていたが、去年の中居君の体調不良騒動で、3人、特に慎吾は心配のあまり、会いたい、話したい、最後は「死にますか?」とまでメールした。「これぐらいのこと言わないと返してくれない人だから」と。それから2か月間、毎日欠かさず年明けまで短いメールを送り、中居君が、もうキリがないから会おうと申し出て、慎吾のアトリエで二人で会った。何も知らなかったまっちゃんが、気ぃ遣って損したと驚きの反応をしていたが、親兄弟でも2か月一日も欠かさずメールするなどということはあまり聞かない。リーダーと末っ子の絆は深かった。
さらにその事実を剛にも五郎にも言わなかったという点に、3人、あるいはスマップのメンバーたちが独特な距離感を保ちながら活動してきたことが分かった。現在は、中居君のメールがまたうざくなってあまり返信しないというオチもあった。
最後になるが、年月も経ったし、これを機に中居君と3人が共演するということは期待できない。友情は友情、仕事は仕事。違うステージに行った1対3が歩み寄るのは難しい。
2人の会話からそういう雰囲気がうかがえたし、それでいいのではないかと番組を観て、改めて思った。