「うーん。」
雅紀が、夕方のワイドショーを見ながら、
顎を撫でて悩んでる。
「どうした?雅紀。」
今日は、三連休。
敬老の日。
彼岸の入りだから、
おはぎも買って、
ゆっくりと淹れた煎茶でおやつもたべて。
そんなゆっくりとした休日も、
終わろうとしている夕方。
「うーん。翔ちゃん。
明日、中秋の名月で、満月なんだけど。
曇りの可能性が高いんだって。
今日、お月見しちゃったほうがいいみたい。」
今年の中秋の名月は、
八年ぶりに満月と重なった。
「名月は必ずしも満月ならず」というのが、
よく言われる言葉だが、
今年の中秋の名月は、
美しく黄色い望月とあって、
名実ともに兼ね備えてるため、
ずっと雅紀も楽しみにしてたのだ。
「仕方ない。
ちょっと待っててね。
買い出し行ってくる。
今日、
お月見やっちゃお。」
サンダルをつっかけて、
エコバッグを持って、
ふらっと出て行った雅紀が買ってきたのは、
尾花(すすき)と、
桔梗と、
バゲットと、
里芋。
「よし。
中秋の名月の、別名は芋名月だからね。
翔ちゃんは、
尾花と、桔梗。
花瓶に入れて飾って?
俺、お月見ご飯つくるっ!」
気合を入れて、
キッチンに入った時の雅紀はすごい。
あちらでフライパンに火をかけているうちに、
こちらでまな板を音をさせて、
野菜を切り、
鍋にぶち込んだかと思ったら、
流しの中の洗い物を始める。
あちらこちらに雅紀の分身があるんじゃないかと思うぐらいだ。
今日も、
玉ねぎとパプリカ一個、ベーコンとニンニクひと玉を凄い勢いで刻んだかと思えば、
小鍋でトマトジュースと、コンソメとお好み焼きソースとカレー粉ひとふり、蜂蜜少々で煮る。
その間に、
りんごと蜂蜜とヨーグルトのサラダを作り、
小ぶりの里芋を洗った蒸し器で蒸す。
手が空いたところで、
味噌と砂糖、酒、味醂をといて、
小鍋で煮て、
すりごまを大量に投入すれば、
里芋の田楽につける味噌ダレができている。
その間に、
ビニール袋に入れた、ひき肉と卵の白身と、
パン粉と牛乳をよく揉み込んで肉団子を作り、
ころころと揚げ焼きにしている。
花瓶をテーブルの上にセットすれば、
月がゆっくりと昇っていく。
うん。
十四夜だけど、深みのある輝きのいい月だ。
明日の満月も、
8時55分に月の最大だというから、
今日愛でるのもあながち間違いではないだろう。
そんなことを考えていると、
「翔ちゃーん。ご飯できたから、
そっち持ってってー。」
雅紀が俺を呼ぶ声がする。
「今日のご飯は、
CMでみたシャクシュカ風お月見トマトスープと、
まーるい里芋の田楽。
肉団子の甘酢餡かけ。
りんごのヨーグルトサラダに、
バゲットです。
ほんとは、
CMみたいにフォカッチャがいいんだけどねぇ。
なかったので、
黄色いお月様みたいな黄身を潰して、
トマトシチューと混ぜて、
バゲットひたして食べてみてください。」
どれもこれも、
まんまるで、
シャクシュカ風のスープとやらには、
黄色い卵のお月様が半熟気味にこんにちはとのぞいてる。
「うん。うまそ。」
黄身を崩すように、
バゲットを割り入れて、
ざくりとつけて食べれば、
「まじか。
これ。おいしいっ!」
夢中になって食べてしまう。
「くふふ。
こちら、死ぬほどニンニク入れてあります。
明日に響かないように、
りんごとヨーグルトのサラダで、
臭いは消すようになってるから、
安心して。
夜は長いよ。
素敵な俺たちの夜も、
お月様に見せつけてやろ?」
ぱくぱく食べる俺を嬉しそうに、
目を細めてみる雅紀のほうが、
名月の100倍美しい。
次の夜から欠ける満月より、
十四番目の月が一番好きなんて、
歌の歌詞があったけど。
俺は、
どんな月よりも、
目の前のこいつの方が綺麗で愛おしくて、
離さないなんて思ってることは、
内緒にしておく。
だって、
そんなこと、
一言でも口にしたら、
離してくれなくなっちゃうし。
そしたら、
やっぱり言った方が、
いいのかな。
嬉しい期待にむねふくらませながら、
望月に照らされる美しい雅紀をみて思った。
⭐︎おしまい⭐︎
明日が中秋の名月で、
ずっとお話をかけることを
楽しみにしてたんですが、
夕方のワイドショーを見て、
急遽今日書きました(笑)
ご笑納ください。
十四番目の月は、
私世代だと知ってるかな。
ゆーみんの、初期の名曲です。
(荒井由実時代だとおもう。)