消えた。
また、泡のように消えた。
また、
何かやったか?俺。
この前消えた時の理由を
指折り数える。
この前消えたのは、
なんだったか?
ライブの演出に夢中になって家に帰らなかった時だろ。
あと、
悪友の俳優たちと、
飲み歩いてた時。
それと、
ドラマの撮影に、
地方で泊まりがけのロケしてた時。
そう。
ほったらかすと、
あの人は、
まるで猫みたいに俺の手をすり抜けて、
どこかに消えてしまうんだ。
本当に黒猫みたいに、
気まぐれで。
やっと俺の手の中に入れて、
大事に大事にしてたのに、
今度はなんだ?
俺は何をやらかしたんだ?
慌てながら、
心当たりを電話する。
「ねぇ。翔さん?
大野さん知らない?」
「知らないよ。潤。
俺は、これから雅紀と久々に夜を明かすんだ。
邪魔しないでくれ。」
ぶつ。
思いっきりスマホの電話を切るボタンを
押す音が聞こえてくるような、
電話の切り方。
ごめん。翔さん。
貴方も、まぁも、
忙しくてなかなか会えなくて
久々の逢瀬を楽しみたいのは知ってるけど、
俺にとっては死活問題なんだよ!
仕方ない。
今度は、こっちだ。
「なぁ。和。
大野さん、どこにいるか、知らない?」
和のぶっきらぼうな声が、
スマホから聞こえる。
「何言ってんの?
貴方が、私から大野さん奪っていったんでしょ?
仕方ないから、
私は、
ジャにのの面子と、
キャンプなんてやってますよ。
いい加減にしてください。
ちゃんと、
あの人の首に首輪つけて飼っておくのは、
貴方の仕事でしょ?」
ぶつ。
あちらは、
いま撮影中か。
悪いことしたな。
でも、
大野さんの失踪。
こんな一大事。
世界で一番優先されなきゃいけない。
迷子になってるのか?
それとも、
お腹が空いてうずくまってるんじゃないか?
前の家。
路地の裏。
駅の中。
ビルの裏の非常階段。
公園のブランコ。
ただ、ただ
どこにいるのかも
わからないまま
夜の街を走り回る。
鍵のかかったビルの非常階段を
上から飛び降り、
公園のジャングルジムに駆け上り、
遠くまで探しては、ベンチに乗り移り、
まるで、
街中が俺のパルクールのステージみたいに、
飛んでは走るが、
何も手がかりが見つからない。
大野さんっ。
大野さんっ。
ああ。
俺の大事な大野さんはどこに行ったのか?
何も、分からず、
徒労にまみれ、
仕方なく部屋に戻ってきた時だった。
「ああ。
まつゆん。
どこ行ってたのぉ?」
愛しい人の声。
「智っ!」
一声あげると、
「ほら、
今日は大漁だったよ?
まつゆんの好きな すずきや鯛の白身魚もある。
捌いてカルパッチョにしよ。」
嬉しそうにクーラーボックスの中を見せる
大野さん。
もう。
人の気も知らないで。
何も言わずに、
大野さんを姫だきして持ち上げる。
「え?潤。
どしたの?」
「心配させた罰だ。
その魚臭い体。
シャワーで洗い流して、
それで俺が美味しくいただいてやる。
綺麗に捌いてやるから、覚悟しろ。」
「ふぇ…」
何か言おうとした智の唇は、
俺が塞いで、
もう言葉は紡がせないようにした。
⭐︎おしまい⭐︎