成田空港のロビーに滝沢副社長と立つ。
もうすでにチェックインも、
手荷物も預けてある。
あとは、
このゲートをくぐれば、
もう飛行機に乗るだけだ。
「雅紀。アメリカではすぐに仕事が待ってる。
よろしく頼むな。」
「はい。秀明さん。」
うわべを取り繕い滝沢副社長に笑顔を向け、
そして、
滝沢副社長に気がつかれぬよう、
ロビーの入り口の方を何気なく見つめる。
…翔。
翔。…
心の中で愛しい人の名前を呼んでみる。
ほら、
やっぱり、助けになど来ないじゃない。
俺が名前を呼べば、
絶対、助けに来るって言ったくせに。
あーあ。
どっかで期待してた馬鹿な俺に、
さよならだな。
あまっちょろい俺の心に、
往復ビンタをかますようにして、
滝沢副社長の方を向く。
「どうした。雅紀。」
にっこりと笑顔を作って見せる。
「いえ、なんでもないです。」
「じゃあ、行こうか。
保安検査場だ。
中に入ってラウンジでゆっくりしよう。」
あとは、
保安検査場でボデイチェックを済ませたら、
もう、
飛行機に乗るだけ。
この来訪者が自由に行き来できるラウンジには戻れない。
「はい。秀明さん。」
飛行機のチケットを手にして、
機械に通そうとした瞬間だった。
「雅紀さんっ!」
背後から愛しい人の声がした。
…
「櫻井っ。なんでここにいる。」
俺を呼ぶ
滝沢副社長の冷たい声など、
見向きもするもんか。
俺が会いたいのは
雅紀さんだけだ。
雅紀さんの本心を知りたいだけだっ。
「雅紀さんっ。雅紀さんっ。
戻ってきて。
俺、会社なんてどうでもいいから。
雅紀さんがいれば、
俺は、どうでもいいんだっ。
俺の命をかけて、雅紀さんを守るっ。
そう言ってたのに、
なんで信じてくれないんだっ。」
ひたすら、俺の思いを叫ぶと、
雅紀さんが立ち止まる。
「翔。
だって、俺がアメリカに行けば、
翔は…。」
言いかけた雅紀さんを、
制するように、
俺が叫ぶ。
「ふざけんなっ。
俺は仕事なんてどうでもいいんだっ。
大事なのは気持ちだ。
俺は、雅紀さんがいてくれさえいれば、
どうでもいいんだ。
一緒にいてください。
お願いします。」
大声で叫ぶ俺に、
周りの視線が集まる。
恥ずかしいとか、
もうどうでもいい。
この人を行かせてなるものか。
「翔…。」
立ちすくみ動けなくなる雅紀さんに、
滝沢さんが手を差し出す。
「雅紀。チケットを渡せ。」
「秀明さん?」
困った顔の雅紀さんに、
滝沢さんが仕方がないという顔で、
話しかける。
「お前の体を連れて行ったって、
お前の心はこの櫻井に張りついたままなんだろ?
こんなお前を無理やり連れてくわけにはいかないだろうが。
もうチェックインも終わって、
手荷物も預けちゃったからな。
俺がグランドスタッフの人に掛け合ってやる。
ほら、早く行け。」
「秀明さんっ?」
雅紀さんが、
滝沢副社長の方を向く。
「ほら、俺の気持ちが変わらないうちに早く行けよ。
ほんと、
若い奴の行動力には敵わないわ。」
苦笑いする滝沢副社長。
「滝沢副社長っ!ありがとうございましたっ!」
大声で叫ぶと、
「うっせ。役職で呼ぶな。
恥ずかしい。
さぁっ。雅紀。
あの若造のところに行ってやれっ!」
「はいっ。」
雅紀さんが元気よく走り始める。
空港中の人の視線が集まってるが、
そんなの構いやしない。
雅紀さんの満面の笑顔から、
涙が溢れてる。
「雅紀さんっ。おいでっ。」
Yの字に両手を広げて雅紀さんを待つと、
どんどん雅紀さんの体が大きくなってくる、
そして、俺の近くに来ると
いきなり、
両手を飛行機の翼のようにあげて
「翔ちゃんっ!」
空高くジャンプすると、
俺の名前を呼びながら、
俺の胸に飛び込んできた。
⭐︎おしまい⭐︎