昨日は会社の忘年会。
去年から人数も倍増し、それもほとんど女性なのでとても華やかな場だった。皆、楽しんでくれていたようで安心したが、その宴の中の会話でもちょこちょこ気になることがあったので記しておこう。
僕の隣に座っていた子とのちょっとした会話の節々に、あまりにも自分の可能性を諦めている感じだったので、(僕の会社に対してというわけではなく、今の生活がMaxとか、自分は何もできないとか、自分を卑下するような内容・・・)そんなことはない、最初から決めつけてしまっているだけだという励ましというか、ついつい説教臭い話をしてしまった。
よくよく話を聞いてれば、他の子もどこか現状に無理やり満足というか諦めている感が漂っている。人間の可能性は無限ということを何とかして示してあげたいものだと思った。
少なくとも僕が関わる人達には。
僕らの会社のスタッフ(店舗関連)は主婦の方がほとんどである。その主婦の人たちが自分達(本人・家族)の未来に希望を持てないでいることが多いと感じる。希望を持てないというか、欲がないというか。現状をベースとした未来予測なので、自分の中で線引きをしてこのくらいしか無理だろうなということなのだろうか。
普通に暮らせればいい。現状よりちょっと収入が増えればいい。多分、そういう感覚なのだろうと思う。それはそれで構わないと思う。しかし、言葉の端々に何となく現状に対する諦め感を漂わせている。
「(仕事以外であっても)やりたいことがない」と彼女たちは言う。想像すると、彼女たちのような(小学生以下の子供がいる)主婦にとって、自由になる時間は限られていて、しかもそれは纏まった時間ではなくて、スキマ時間であって、そういう時間をベースに考えちゃうとできることの選択肢が非常に狭いのだろう。
なぜスキマ時間にしかならないのかというと、保育園に預けられればいいが、横浜などの大都市圏では保育園が足りていないので、認可外の保育園か、幼稚園に預けるしかない。認可外の保育園は保育料が高いことが殆どなので、実際は幼稚園に預ける人が多い。小学校に入っても、低学年の内はすぐに家に帰ってくるし、高学年になっても子供たちだけで家で留守番というわけにもなかなかいかないだろう。学童保育もあるけど、その数も少ない。結果として母親が家にいなければならないことが多くなるので、纏まった時間はとれないというのが現実である。
少子高齢化と言われているが、問題なのは少子化。国の力は弱まる一方である。労働力を海外に求めるしかなくなると国内の雇用は悪化するし、それにともなって国民の所得も低下する、当然、経済は悪化するしかない。(蛇足だがこんな時に消費税増税するのは愚の骨頂である)長い目で見て、少子化を改善しなければならないんだから、子供を産んでも働ける環境を整備しなければいけない。
所謂、働きたくても働けない、仕方なしに専業主婦をやっている人たちを働けるような環境にしなければならない。それができないから、安心して子供も産めないし、子供がいる人たちは限られた選択肢の中でしか行動できなくなる、そうやって自分たちの未来に閉塞感を感じるようになるんだ。
彼女たちがいう「やりたいことがない」っていうのは言い換えれば「やれることの選択肢が少ない」ということ。そしてそれが普通になって受け入れてしまっている(受け入れざるを得ない)ので、自分たちの未来に閉塞感を感じる、それが諦め感となって漂っているのである。それは無意識にそうなってしまう、彼女達がそこまで考えていようとなかろうと。
彼女たちにも、ほんのちょっとした行動をすることが求められるが、それより社会全体がそういう状態になっていることが問題なのだ。僕らにできることは小さなことだろうけど、少しずつでも変えていかなければいけない。託児が難しいのであれば、自宅でできる仕事の提供とか。そう考えると、PC・スマートフォンによるWeb関連というのが可能性としては高いのではないかと考えている。
一般の人たちにWebプログラミングというのは敷居が高い、、、そうではなくてPC・スマートフォンでのWeb操作を中心とした仕事ができればいいのかなと考えたりしている。ベビー・キッズ専門リサイクルショップ事業とWebアプリ開発を中心としたシステムコンサルティング事業、2本柱で会社を運営していることを活かして、それらの組み合わせもうまく考えていきたい。
そんなことを思った、忘年会の出来事。
とはいえ、そんな話しばかりしてたわけじゃなく、普通に盛り上がってましたけどね!