思い出すことは想うことだ - ヒグチアイ 「一声讃歌」全曲レビュー | live , lifework.

live , lifework.

音楽と言葉といきるひと。ライブの「きかくやさん」だったこともあったなあ。

すきな音楽家はたくさんいて、
いちばんとかはあんまり決めていないのだけれど

おんなのひと、に限れば
いちばんすきなのは
間違いなく彼女だと思っている。




似ているわけでもない、
共感するんだよね、というわけでもない、
このきもちはなんなのか。




…ということを考えながら、
久しぶりの全曲レビュー。
わかるわかる!ってわけではないから(何回も言う)、
難しかった。
それぞれすきな歌詞一文とともに。






---ヒグチアイ 「一声讃歌」全曲レビュー



1.前線

ヒグチアイというひとは、自分に厳しい。
そして他人にやさしい。
辛辣なことばは大体が自分に向けられていて、
だけどいつもは鏡の前の自分に言っていた"おまえ"が、
初めて他人に向けられている気がする。
一瞬だけの、少しの強がり。怒りともとれる衝動。
それでも絶対に投げつけて終わらせない。自分にかえってくることを知っているから。



"やらなくちゃ わかってるけど
やればできる そんな才能もないでしょ"






2.どうかそのまま

"できないわたしを縁取られて"で打ち震えた。
自信がない族のわたしだけど、
できなくていいよ、当たり前、じゃなくて
まっててほしい。
できるから。
って思ってしまうのはワガママかな。
縁取られてしまったら、もうそこから動いてはいけないみたいで。
「そのままでいてね」って、よく人にも言うけど
それは変わらないで、ってことじゃなくて
変わっていこうとする姿すらも、信じたほうに行ってね、って、わたしは思ってる。



"できないことをやろうとするわたし
そのままでいいよと言ったきみ"






3.街頭演説

突き刺すような。
ライブじゃなくても目つきが鋭くなるのがわかる、その瞬間にゾクゾクと。
"死ぬまで働かなければ"ではっとする、
誰かと自分の世界のはなしではなかった。
社会と自分との。
"アンバランスなバランス"文字通りの
どこか危ういかんじも彼女らしいが、
"選び続ける人生だ"からのバチっと見据える感は
大人の自分でいることの意志。



"子供のころ想像した未来は今じゃひとつも叶わない"






4.風と影

焦がれていたひとに対して、
「その一言、どんな気持ちで言ってんの?」って
喉まで出かかったこと、何回もある。
直接言ったことはない。
このうたとぴったり同じ、ではないけれど、
チラつく顔がある。なんだよ腹立つ。別にもう、
"わたしは こんなに 君だけ なんだな"
なんて思ってないのに。ばかやろう。
おまえだよおまえ。
色々考えてるんだろうね、なんて周りの助け舟が余計ムカつくんだよ。
そんなこと知ってる、わたしがいちばん知ってるよ。周りに言われたくなんかないよ。
でも結局、いちばん知らなかったんだよ。
わたしたちの行方を。

…アイちゃんの全曲解説のテンションで書きたかったんだー。
このうたを書けたのがいちばんよかった。
わたしは、よかった。



"春が来て ちゃんと夏が来て
秋と冬が来る みたいに友達なんだろう"

ちゃんと、って。ちゃんと。あ゛ーーーーーー。





5.バスタオル

恋とか愛とかの中にあって、
わたしたち聞き手へのメッセージのような。
誰かに言われたからつよくなりたいのではなくて
誰かのためにつよくなるのは受け入れられる。
"未来を信じて"なんて、底抜けに明るいJ-POPみたいなことばが出てくるのも、
彼女にとって、誰かのためなんだろう。
お守りソング。
本人にも、持っていてほしい。このお守りを。



"あなたに好かれたわたしのこと
救ってくれたあなたに
曇ることなく 胸を張らなきゃ"






6.走馬灯

このうたの全曲解説がくるしかった。
拝啓ヒグチアイさま、
わたしはカタカナでのあなたしか知らないので
本名のあなたをなぐさめるようなことは出来ないのだと思います。
"何者でもない"あなたは、わたしたちの前にはいないけれど、
これがバンドワンマンの一曲目だった、
それはいつまでも、いや、今しばらく、カタカナでいるための
意思表示だと思っていていいでしょうか。



"卒業証書をもらったときは
たしかにたしかにわたしだった"






7.ほしのなまえ

苗字も下の名前も、わりとありきたりなわたしである。
だからかどうかはわからないけど、そんなに名前、に興味がなかった。
あだ名で呼ばれることのほうが多かったし。
名前がアイデンティティのひとつって思えていなかった。かぶってるし。
だけどある時から、下の名前で呼ばれることが増えて、
周りの人たちにとっての「○○(なまえ)」はわたしだけなんだと思った。
同じ名前で埋もれている世界で、まるで星のように光っているよう。目印になる。
ピアノとうただけ、の、この曲に出会えた今ならそう思える。



"見えているものだけに 名前をつけたのだろう"






8.一週間のうた

一曲を通して時を刻む音がする。
1日1日あっさりと進むのも、
時を刻む音をただ聞いているのも、
無駄に人生が進んでしまっている不安に駆られるときが、時々、ある。
刻一刻と、いきていくための、選択を迫られてる。
女、男、だなんてぜんぶ他人みたいな言いぐさ。
そうか誰も、自分のきもちになってくれないから。
フェイクがうつくしくて、艶のある曲。



"どちらかと聞かれればロングだと言ったから
水曜日バッサリと 首元のネックレスも"






9.いちご

このうたのすきなところは、
爽やかさとさみしさが共存しているところ。
だけどバンドワンマンのときはどちらかというと、あっけらかんと思い出にできているような印象。
いちごをたべるたびに、見るたびに、その人のことを思い出すんだろうな。
曲を聴いてひとの顔や景色が浮かぶことをしあわせだと思っているわたし。
すきなものは音楽、っていうわたしと同じように
すきなことは食べること、という人にとっても、
誰かを思い浮かべることができるとしたら。
それはしあわせなのか、それとも。



"小さなケーキに いちご一つ
苦手だからと 嘘ついて いつもくれた"






10.聞いてる

ピアノの紡ぎ方とうたの置き方が近くて心地よい。それに呼応するような他の音たちも。
"勇気振り絞"ったあとの目の前が拓けていくさまは、きっとステージから見ている景色そのものなんだろう。
"叩いた数だけ生きていける"と言い聞かせるように歌い上げていくクライマックス。
人知れず自分の鼓動に内側から叩かれることも、
外から自ら叩くこともできる。
胸を叩く、って、「相手のことを自信をもって引き受けたときのこと」だってさ。
背負ってほしいなんて思ってないけど、背負おうとしている、"届いてほしい"と口にするところまできた。
きっとそれまで、あと一歩。
願いの詩。



"速くなる鼓動が身体を揺らすんだ
それは空高く飛ぶ前の手拍子だ"






11.ラブソング

【ヒグチアイ史上最も優しい歌】なんて書かれていた、だけどずっと、
アイちゃんはずっとやさしい。
【孤高の声でうたう激情の鍵盤弾き】なんて言われていた時期もあった、
確かにそんな言葉も似合うひとだ、
だけど彼女はずっとずっとやさしい。
わたし、をうたうとき、
あなた、も一緒にうたう。
わたしにとってのラブソング、は、
人間愛的なそれだ。
(一個前の記事にも書いたな)
だからこのうたがどタイプだ。

そういえば。
似ているところはない、って言ったけど
うた、ってひらがなで書くところはおんなじなんだよ。



"誰かを救う うたをかきたい
なんて言うくせに 救われてばっかなんだな"





-----






今年2019年のバンドワンマンはとても見事だった。
特に「黒い影」がとてつもなく完璧で、
そのあとの「ラブソング」からの
「わたしはわたしのためのわたしでありたい」は、
いくつもの言葉が頭をめぐる前に泪が出ていた。





ああこのひとの、
"大丈夫"
とてつもなくすきだとおもった。





アイちゃんの名前を見て、
「はやしのすきなひとだ!って思ったよ」って言ってもらうことが増えた。

彼女のがんばりがそうさせるはずなんだけど
わたしはとてもくすぐったくて嬉しくて、
彼女のおかげで誰かの記憶に登場することができていて、
ちょっとズルいかもな、なんて思ったりする。


だけどすきなものは自分をつくるから、
少しでもなにか返したくて
とか言いながら半分は自分のために、
こうしてつらつらと。

アイちゃんをすきな自分、と
言葉を綴っている自分、は
すきでいられる。




「ラブソング」にある一節、

"思い出せるように もう忘れないように
ここに今 書き残すよ
今もどこかであなたを思い出す人がいる
大丈夫"


いまわたしがこうして文章を書いているきもち、
そして彼女に、すきなひとたちに、
つたえたいきもち。

なかなかどうして、乗り移ることがあるのか。



自分を削って絞り出す、
その言葉をそうやって見つけてくるところに
届きたいと思う。





似ているわけでもない、
共感するんだよね、というわけでもない、
このきもちはなんなのか、










明確に、
「あこがれ」だ。