感じて、認めて、リンクして | Sun Of No.19

Sun Of No.19

Fxxk-OK CITYにて
バンド・博多MORNING☆STAR/ReveRのSingerとして活動する
HEADのblogです☆

悔しさ、不安、葛藤、焦燥、、それらを消し去るのはただ一つ、執着を取り去ることだと思います。
しかし、それらはきっと精一杯思って、精一杯頑張ってきたことの証でもあると思うんだ。

それを捨てるのではなく、諦めるのではなく、ただ、思い通りにコントロールしようと足掻くことを止めることだ。

そう思い出せ、それまでずっと志したギタリスト、その執着を捨ててヴォーカルにコンバートしたことで自然に必要な出会いがありバンド活動が始動したことを。
それまで俺はレアな陰のギタリストだったはずだ、人間のエゴイズムって奴は、HAHAHA。

しかしまた、同じ問題に打つかっている訳ではない、問題だって進化してきやがる、だから俺だって負けちゃあいらんねえんだよね☆

帰宅途中、太宰治の懶惰の歌留多ってのを読んでいたら、さんまはとげがあるから面倒で嫌い、みたいな一節があったんですがね。
俺もさんまっていうか、魚の骨を除いて食べるのが苦手で面倒だったんです。ちょうど、今夜のおかずはさんまの塩焼き。
その作品の中じゃあ、だから食べないって話だったんですが、俺は逆で。
面倒、苦手は同じなんだけど、単純に頭から丸ごとバキバキと食らってしまえと。

そんな馬鹿そうな発想があって、それを馬鹿な発想だかなんだかと考える間もなく実際やっちゃう、でキレイに食べたよって。
まあ、上品ぶっておしとやかに決めなきゃならない場では、どん引きも良かとこでしょうな。

けど始めから、そんなとこのウケなんか狙って生きてたの?

違うよね、その意義ってのは、自分だけの方法でそれを何とかしてきたんじゃあねえかってトコロだと思う。似たような方法で解決した人に出会っても、他にいても、それは結果的にそうだって、けどそのときは知らなかったよと言う話でね。
自分は自分なりにやってきたんだって気づき、自分で思って、自分でああなるほどなって感じてしまった(笑)
まあ魚の話で引っ張ると、目の前に俺の美的感覚を刺激するほどの、驚くほどキレイに食べる人がいてもさ、仮にそういう風になりたいと思って一生懸命になってもさ、いずれ気づく訳だ。



俺とお前は違う。

あの、魚の食い方について熱く語っている訳ではないことは、念のためお断りしておきます。


そうやって日常の細かいところからでも、自分って奴を感じて、認めて、そいつとリンクしたときはじめて、その辺のモヤモヤした重たい感情も消えていくのかなって思いますね。

自分らしく、キラキラと輝いていきましょう。