今年一年、あっという間に過ぎた。
正直、ここには書けないくらいの
悪いことが起こり過ぎて
周りからは厄年?
聞かれるくらいに。
去年の12月、虫垂炎で緊急手術。
その月末には、乾癬という完治のないと言われている皮膚病にかかった。
虫垂炎での入院中は、たくさんの病気を抱えた患者さんがいて、
切っても治らない人が目の前に沢山いる現実を
知る機会となった。
入院中3人の子守りを親には迷惑をかけたから、退院後は迷惑はかけたくなかった。
退院後はすぐにパートとして復帰して
いつものように仕事、子育て、家事、幼稚園役員に追われた。
ただ、すんごく、体がしんどかった。
しんどいけど、じきに慣れてくるだろうと思ってた。
周りの役員のお母さんたちの働く姿に、自分は、パートなのに、弱音ばかり吐いて。
まだまだだなあと感じていた。
12月半ばに餅つきの役員として手伝いに一日中寒い中、外で手伝いをした。
キツかったけど、みんなも頑張ってるし笑顔で乗り切った。
帰宅したらもうそれはしんどくて。
横にずっとなりたいけど、スイミングに付き添わないといけないから、無理して家事して。
結果、虫垂炎によるオペ後に、無理をしたことによりホルモンバランス異常をきたし、乾癬になった可能性が高いと言われた。
体を冷やしたこともいけなかったらしい。
そこから、全身首から足の先まで膨隆の湿疹ができ、頭にはフケ。
生検の結果、尋常性乾癬だった。
自分の鏡に映る姿がまるで人間ではない、得体の知れない宇宙人のようで、直視出来なかった。
塗っても改善する箇所、改善しない箇所があり。
強いステロイドを塗りたくってみたり。
痒いし、掻けばひどくなりそうだし。
熟睡出来なかった。
普段から夫は、仕事が多忙で帰宅が遅いため
子供たちをお風呂に入れるのも私。
お風呂に入ったあと、オキサロール軟膏を塗っていたら子供たちが
「お母さん、背中塗ってあげるよ。」
と気持ち悪がらず塗ってくれた。
湿疹の赤みが改善されると、一緒になって喜んでくれた。
夫も休みの日は、声をかけてくれて塗ってくれた。
私が夫に弱音を吐くと口数少ない夫が
「すごく痒いし、辛いだろうによく耐えて子育てして、お母さんは強いなって尊敬する」
と答えてくれた。
母も自分のことのように心配してくれた。
この病気は完治はないと言われ、風邪などを機に再発するらしい。
母は落ち込んでいる私のために食事療法
体質改善などあらゆることを調べてくれた。
発芽玄米を作り毎日食卓に出すようになった。
食事内容も今まで以上に
免疫力の高める食事を意識して作るようになった。
その結果、家族みんなが、風邪を引きにくくなった。
以前は家族みんな、よくなっていた
口内炎や口角炎が全くなくなった。
私の食に対する意識が少しずつ変わった。
朝は時間を気にして焦っていたし、
夫が食事にうるさいから忙しいけど、
渋々、嫌々という思いがあったと思う。
今は家族が栄養とって元気に一日過ごせるなら、遅刻してもいいや!
と思うと気が楽になり
味噌汁や、野菜炒め、果物や野菜ジュース。弁当作り。
全然苦痛ではなくなり
笑顔で送り出せるようになった。
子供を産んでからは、
副鼻腔炎にも毎月かかっていた。
その度に、発熱、頭痛、嘔気に苦しみ、
耳鼻科に毎月通い抗生剤をもらっていた。
副鼻腔炎も乾癬を再発させる要因にもなるため
サーレSという簡易的な道具で
鼻うがいを毎晩行うようにした。
今は副鼻腔炎にかからず、
耳鼻科通いがなくなった。
母が代謝をあげる目的で
岩国にある功起院を教えてくれた。
刺さない針とも言われ、磁気をかざす。
脈診もしながら、東洋医学に基づいているらしい。
最初は、怪しいと思っていた。
でも、私が小さい時から頭痛や嘔吐で苦しんでいた母の症状が通い出して改善。
叔母の長年の体調不良も改善。
甥のチックが幼稚園からあったが高学年になるにつれひどくなり通い出すと改善され。
試しに行ってみた。
脈圧が弱いとすぐに指摘。
確かに昔から血圧はうえが80代。
月に1〜2回通い一年経過。
代謝悪く汗をかかなかったけど、汗をかくようになり。
朝がひどい低血圧でだるかったのがなくなった。
乾癬の再発もまだない。
何が良くてかは、分からないけど
乾癬を機に、
私はそれは落ち込み、不安にもなった。
でも、家族や友人の支えで少しずう前向きになれ
健康を意識するようになった。
前はしんどくても無理してたけど
家事は後回ししていいと思えるようになった。
そのときは仕方ないよ。
周りからどう思われてもいい。
そんなときは普段は頑張っるんだから
自分に優しくしていい。
だるいときは、無理しない。
あと、しっかり自分に◯をしよう。
この一年、いっぱい泣いたし、辛いことが山のようにあったけど、それ以上に得るものも多かった。
