日常を抜けて、京都へ。

去り際に 豊国廟を もう一度振り返り
一礼して 下山しました
出入り口の手前まで 戻ったのですが
右手(往路では 左側になります)に
「豊臣国松」さんの墳墓の存在に気付き
こちらも拝をさせて頂きました

京都(六条河原だそうです)にて 刑死され 享年八歳😢 と記されております
この時に 大坂の陣の 敗将として 捕縛され 共に刑に処されたのが 先日
大河ドラマに 登場した「土佐の出来人」
長宗我部元親公の四男にて 家督を継承した 長宗我部盛親でした
供養されている 蓮光寺を 訪ねてみました
位置しております

盛親は 関ヶ原敗戦後 浪人となり 京にて 寺子屋の師匠として 雌伏十数年
豊臣方の誘いを受け 勇躍 大坂へ参陣を決意 当初は数名の従者も 大坂表に到着時は 一団の将の姿にて 現れたという エピソード 大坂の陣の初期の名場面だと思っていましたが
現在では 諸説あり とか 一次史料には無いとの記述もありましたね
研究が進み 過去の定説が変わる 例のひとつでしょうか 少し 残念な気もしました

外からですが 手を合わさせて頂きました
先程触れた 父である 元親の話題に変わりますが 過去の大河ドラマでは 詳しく描かれる事も無く 登場場面も少なかったと記憶していますが 今回の作品は 主人公が 四国攻めで 相対する事となる 「秀長」さん なので 絡み的に 露出が増えるのですかね土佐言葉をセリフに使うなど 他の登場人物と比べ 特徴も加味されている演出もありました ココも注目しています
少し進むと 戦国乱世にその名を轟かせた 本願寺が見えましたので 脚を止めてみました 石山本願寺としての和睦の後 東西に分かれ 現在に至られております

東本願寺 御影堂門です
手前の通路は キッチンカーの出店がたくさん来ていて 観光の皆様で賑わいを見せておりました

龍の彫刻が見事でした

御影堂です 入堂させて頂きました
この後 西本願寺にも 脚を延ばしてみました

特徴的な建物 太鼓楼という名でした

西本願寺 阿弥陀堂門です

こちらも見事な 内部の装束が施されておりますね

東本願寺とし西本願寺では お堂の位置の違いが有る事を恥ずかしながら 初めて知りました 御影堂と阿弥陀堂の順が
逆になるレイアウトですね それに伴う門も同様となります 入堂参詣の後
周辺を歩いてみました

この門の奥が門前町となります
進んでみました

何が見えますね 行ってみましょう
主に信徒さん向けの生命保険の会社だったのでしょうか 和風の街並みと 洋館のコントラストが印象的でしたね

梅小路公園にて 遅めの昼食としばしの休息を取りました
さて 良い頃合いとなりましたので
私も盛親殿同様 京を発し 大阪表へと
進みます (私の場合は単騎となりますが…)
梅雨の合間の晴天
有難い1日と成りました
それでは 今回の お話しはこれにて
最後まで ありがとう御座いました!

