あまりに、地獄を見たような、入院生活。
私は、泣いて、泣いて、退院を申し出た。
最初は、担当医が反対したが、説得で退院する事ができた。
初めて、「生きている」気がした。
外の空気はいい。
施設は、窓すら開けられなかった。
その足で、コンビニのバイトへ向かった。
頭の中は、まだモヤモヤしていた。
面接で、私がうつ病だと告げた。
でも、雇ってくれた。
それからの1年は、がむしゃらに働いた。
体の調子は良くなっていた。
これは、理解あるオーナー。
そして、差別なく仕事を叩きこんでくれたからだと思う。
病院で、泣きべそかいて、話しているより、メンタル面で良かったのかもしれない。
人間、誰もがスイッチを持っている。
この病気は、波がある。
その波に乗っかり、スイッチを押せば、社会に出られる。
誤ったスイッチはダメだ。
苦しむだけ。
私は、良いタイミングで、スイッチを押したのであろう。
でも、薬の副作用は酷い。
コンビニまでの車の運転を誤り、激突してしまった。
車は廃車。
運よく、怪我はなく、
冷静に、JAFや警察を呼んでいた。
薬の説明書に書いてある。
「運転は控えましょう」
でも、この国は、こんな中途半端な病気に優しくない。
バスや電車が、安く使えれば、そんなことはしなかった。
私には、国からの補助も、そうない。
働くしか、生きる術がないのだ。
でも、体が、頭が、それを追いつかない。
離婚し、児童手当を貰ってる人よりか、はるかに少ない給料。
国民年金と社会保険。
それを、払うだけで、精一杯な金額。
何のために働いているのか。
年金は、老後、貰えるのか。