クチコミネタ:不機嫌モードの女優さん

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例外なく私も、沢尻エリカのダンマリ会見の様子を見た。

中学生頃の思春期まっさかりの自分を思い出した。
フォーイグザンプル、卒業式直前に学校の先生と大喧嘩。
理不尽な対応を許せないという気持ちを抑えることができずに、
卒業式当日、ずっと後ろを向いているという応報にでた私。
苦虫をつぶしたような顔で、校長先生の挨拶も、友人代表のスピーチの間も
ずっと観客の方を睨み付けていた。

思春期って痛いし、後から考えると
思わず顔がゆがむほど、かっこ悪い。
でも、かっこ悪いけど、通らなきゃいけない道だと思う。

今の世の中、なんだか若いうちから処世術ばかり身に着けて
要領よく生きようとするいい子ちゃん気取りが多くてつまらない。
「つっぱちゃったって、後で損するの自分じゃん!」みたいな。
オンビンに、オンビンに。
私の世代なんかすでにそうだから、
今の10代の子たちとかどんなになってるんだろう。

若い子たちが、大人に媚びへつらうような姿勢を見せたとき
正直ゾッとする。

もっと、つっぱっておくれよ。沢尻エリカを見習って!
芸能界のご意見板を怒らせて「あいつシメる」と言わせてみてよ。

内に秘めたマグマの、爆発どころを間違えまくって、
無駄なエネルギーを、発散させている人を見ると、
こっちまでワクワクしてくる。
そうこなくっちゃ!
「抑圧」が一番厄介だってフロイトさんもいってるらしいしさ。

ワインだハウスだ、ゲーリーオールドマンにレッドツェッペリンだ。
そこに何かがありそうな気がする、本質的なもの。
早くそこまで到達したくて、走って階段を上ろうとストラグル。
固有名詞の羅列だけじゃ、だ~れも認めてくれない。
ああ、つまんない、ああもどかしい。

「沢尻エリカを見ると、昔の自分を見ているようだわ」と言葉にしてみて、
ものすごく違和感を覚えたのは確かであるが、
私は好きだな。
彼女の自我には、ポテンシャルを感じる。

クチコミネタ:脳内メーカの次はカレンダーメーカー

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メーカみたいのが流行っているみたい。
例外なく私も、脳も体内もカレンダーも、素直にやってみる。
私の脳も体内も予定も、分析不能らしく、結果が出ない。話のタネにもならない。

ビートたけしじゃないけど、「みんな自分が分からない」わけである。
元も子もない話だけれど、私はほっとする。そしてわけの分からない優越感に浸る。
そんな簡単に自分という人間を言い当てられてたまるか。

とあるかわいい男狂いの友人が、二股をかけていた。
一人は誠実に自分を好きでいてくれており、それなりに楽しい。
もう一人は、相手にも彼女がおり、はっきりいってチャラ男なのだが、
体の相性がとてもよろしい。

そんな彼女の脳内判定は、嘘 嘘 嘘 嘘 嘘 嘘で埋め尽くされており、
ど真ん中に H 。
嘘とHで成り立つ関係。
ううむ。言いえて妙、脳内メーカ侮りがたし。


クチコミネタ:好きな女、嫌いな女

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私が嫌いな女ってどんな女だろう。
女というのは不思議な生き物で、相容れない女同士は、まずは直感で分かる。
そして、お互い、その直感を信じるので、たいてい交わらない。
いけすかない女だな、と思うのだ。僻みっぽい。

苦手を通り越して、嫌いなのは、自我を捨ててしまった女だ。

どういう女かというと、たいてい、
心も体も綺麗で、おおらかで、優しく、穏やかで、健全な人だ。。
結構じゃないかと思うだろう。
君は心がすさんでいるから、そういうのを妬んでいるのだと。
しかし、私が嫌いなのは、
彼女たちの健全というのは、単純に全ての悪とされているものから遠い存在であるときだ。
彼女たちの優しさとは、強すぎる意見というものを持たず、批判せず、常に受身で、対立を避けることだ。
人間の生々しさに対する、盲目的な姿勢を、純粋さだとは思わない。

例えば、20代前半という若さですでに、
献身的であることが女の美徳であると、思い込んでいたり。
それが考え抜いた末での選択(もしくは、他に選択肢が無かった)ならば、結構だ。
でも、20代前半でその結論に至るにはまだ早い。

気づいている、それは自我からの逃げだと。
自我をもち、自分の人生を苦悩して生きることから逃げているだけだ。
楽なほうへ。男に尽くす見返りとして、経済的にも精神的にも守ってもらうという道を。
そういう人は、たいがいその時点で成長が止まってしまう。
そういう女は私は嫌いだ。

そして、その真逆の女がいってみれば大好きだ。
自立している人、人間としての成熟を求めて、
日々苦悩しながらも、「自分の人生」を歩もうとする人だ。
他人に批判されることを恐れずに「自分の言葉」で語ろうとする人だ。
生々しい失敗も繰り返し、苦しい思いもし。人間の美しさも醜さも、
清純も不純も、楽しさも悲しさも、様々な経験をして、
学んで、ゆっくりでも、成長し続ける人。奥行きのある女性。

そういう女性こそが、本物の優しさ、穏やかさ、健全さというものがどういうものか
気づいてそれを身につけ、そして周りに与えることができると信じている。

90歳で、こんな台詞をいったりしていたら、
もうほんとにたまらなくかっこいいと思う。

「私、5ミリでもいいから、昇りながら死にたいです。描いたことのないものをふるえるように描きたいと思います」

堀文子 (2007年9月16日放送 日曜美術館より)