原発事故後、1年半が過ぎるが、福島市で生活する苦悩は、減ることは無い。

 事故後、子どもにヨウ素やサブマージョンによる被曝はどの位させてしまったのか、ここ福島市に住み続け、毎日慢性被曝をさせ続けていいのだろうか、親としてもっとできることは無いのかという思いで一杯だ。この先の健康被害を考えない人はいないだろう。
 自宅の放射線量は相変わらす0.6μSV/hで、除染も進んでいない。
 追加被曝をなるだけ避けようと、出来る限りの防護をして暮らしている。
 食品は、追加被曝の無いように、なるだけ汚染の少ない物を食べさせようと西日本から定期的に取り寄せている。水もミネラルウオーターを箱買いする日々。原発事故が無かったら美味しい福島県食材を、安く購入出来ていたのに。水も美味しい摺上川の水を水道をひねってごくごく飲めたのに・・・。余計な経済的負担と、そいうものを選ばなければならないという心理的負担も増大している。
 
 出来ることなら・・・・、事故前のきれいな空気の、美味しい水の、美味しい野菜の福島に戻して欲しい。返して欲しい。

この先何十年も、環境汚染は続く。そんな中に、気をつけながら制約のある生活をし続けていくなんて、気が遠くなる。ずっと続ける自信がない。
 モニタリングポストを毎日眺め、今日の線量はこの位だななどと思い、なるだけ外部被曝をしないようにし、外へは余計な用事がなければ外出しない。
 子どもが出かける時は、どの位追加被曝するのか心配をし、今までなら、外で運動を沢山しなさい出かけなさいと言っていたのが、全く逆の生活。
 強風の日は、埃の舞上がりによる「再浮遊」が気になり、窓を開けるのも苦痛で、マスクをしなければならないと思う。息をするのも「吸入被曝」を気にしてしまう日々。
 掃除をすれは、「この埃の中にどの程度放射性物質があるのだろう」と考える。
 
 異常な生活。あり得ない生活。好んでしている訳ではない。原発事故がなかったらこんな生活では決してなかった。
 福島・汚染区域以外にどこの世界に、こんな普通でない生活をしている人がいるというのだろうか。
 我慢して犠牲を払って暮らしている悔しさや空しさ。
 被曝後の健康被害に怯えながら、ぼろぼろの原発がいつどうなるかを心配しながら、日々暮らさなければならない苦痛は、伝わるだろうか。

事故当初、自主避難をするにあたっての、家族間トラブルで傷ついた心の傷も一生消えないだろう。
 「避難指示が出ていないのに避難する必要はない。大丈夫なんだから戻ってこい」ヨウ素や様々な放射性物質が飛んで落ちている真っ直中、何度怒鳴られ、理解されず、口論になり、涙を流したことか。どれだけ非難されたことか。理解されない中、絶対にこの被曝を避けなければならない、子どもの為にも今こうしなければ一生後悔するだろうと、泣きながら耐えながら過ごした日々を決して忘れることは出来ないだろう。
 自主避難した事は後後のデータを見ても、全く後悔していない。避難指示がなかったことの不信感が大きいだけだ。
 あの時自分に出来る限りで子どもを被曝から守ったと思う。あの時避難を嫌がった子どもも、その後事実が明らかになってからは納得してくれた。きっと、大人になっても自分を守ってくれた母の行動を忘れないだろう。
 本当ならあの時、出来るなら東京にいる上の子どもを連れて、名古屋まで避難しようと思っていた。しかしその子どもは「東京じゃダメだよ。西日本に逃げなきゃ。でも自分は逃げない。福島の人たちは逃げないで残っているから。あえて東京で普通どおりに過ごす」と言い放った・・・福島に残っている人人を思い、子どもなりに自分のすべきことを考えての発言。
 自分の命や健康よりも、そんな道を選ぶように育ててきたのは自分だった。確かにその思いも大切なことだ。
 しかし、命がかかっていたら・・・あなたたちはまだ、子どもなんだから、こんな緊急事態に、そんな正義を振りかざしている場合ではない、とも思ったが、そんな状態の上の子どもを置いて、下の子どもだけを連れて西日本へ避難することは、自分には出来なかった。
 もう、家族皆でいられたら、最悪ここでどうなってもいいとさえ思った。

 今でも、家族離れて住んでいる人々も多い。母子避難は不自然な形だが、そうせざるをえない今の状況がはらただしい。
 線量が高すぎて、戻れないかもしれない区域の人人。それでも戻りたいという気持ちを捨てられない人人。
戻れなくていいから、汚染区域から避難したい人人。しかし、それが様々な理由で出来ない人人。
 復興を進めながら、これから続く被曝とこの先の福島をどうとらえていいか悩む人人。ちっとも進まない除染や補償。健康に対する対応。

 上べは、何もなかったかのように振る舞っている福島の人人。しかし1年半たっても、実際はこんな状況で、何も改善されていない。
 
 こんな原発事故の対応を、「世の中はこんなもんなんだ」と子ども達が思うなら、正義なんて消えてしまう。子ども達が諦めてしまうことが本当にこわい。
 
 早く、安心して、楽しく未来に希望が持てる毎日の生活となるように、切に望んでいる。