再び出てきてよいのは病気以外

~女性たちから学んだこともろもろ

いつもご覧くださる皆様、

本当にありがとうございます。
  
心から感謝致します。

皆様にとって良い事が

たくさんありますように!

 

1 復活するアイドル・お店・

花、人間そのもの

 

よく、昔活躍したアイドルが

 

復活した例があります。

昔、お客が数珠つなぎになったお店が

 

経営不振になり、

 

一度ひっこんだ後で何年も経って

 

復活することがあります。

一度、

 

枯れてしまったと思える花が

 

また咲いたりことがあります。

そして人間も一度どん底に落ちても、

 

またはいあがる人もいます。

たいていの場合、

 

もう一度出てくるのは良いことです。

しかし、病気、こと癌や脳卒中など

 

重病に関してはろくなことがありません。


一度は治っても、

 

再発・再出血を起こすと

 

かなりの確率で重症となり、

 

予後があまりよくない場合が多いと思います。

 

仮に命をとりとめても後遺症が残り、

 

QOLの悪化につながったりと、

 

あまり良い話を聞きません。

私の親戚も脳梗塞を起こし、

 

入院してしばらくは意識があり、

 

このままおさまってくれればよい

 

と思っていたものの、

 

今度は脳幹で出血をおこし

 

昏睡状態で数年生きたものの亡くなりました。

 

私の友人の友人もくも膜下出血で

 

搬送されて手術が成功したものの、

 

半月後に再出血を起こして亡くなりました。

 

母の友人も乳がんで、

 

一度は完治したものの

 

10数年後に再発してからは数ヶ月で亡くなりました。

 



2 長崎で癌と闘った

2人の女性の話

(1)『さっちゃん ウソついてごめんネ』

長崎県にあった老舗料亭の富貴楼のご主人

 

(長崎市料理業組合長)

 

内田一さんの

 

次女である内田幸代さんこと

 

さっちゃんの神経芽細胞腫による闘病記録で、

 

お母様の久子さんが書かれた本です。

 

正直、闘病記録の中では最も過酷で、

 

小児がんのすさまじさと恐ろしさを

 

理解できる本です。

 

しかし、彼女が出会う医師は

 

みな素晴らしい方であり、

 

ある意味では医師に恵まれた方

 

であったともいえます。

 

彼女は一度、

 

癌が落ち着き通院で大丈夫だと

 

お墨付きをいただいたものの、

 

皮肉にも再発してしまいます。

 

特に本の後半で、

 

脳や目の上に転移してからの記述は

 

癌を心から憎みたくなるような内容です。

 

同時に、

 

子どもの死亡理由になる小児がんは

 

1日も早く完治する病気になってほしいと思います。

私は遥か昔(1995年)、

 

安達祐実さんと稲垣吾郎さんが

 

出演されたドラマでこの話を知りました。

 

その後、絶版になった本を手に入れて、

 

何度も読んでいます。

たまたまですが、

 

私はさっちゃん(幸代さん)と共通点が1つあり、

 

それが結構大きなことでしたので、

 

あまり他人ごととは思えないのです。


本の情報

 

内田久子『さっちゃんウソついてごめんネ』(長崎文献社、1991年)

ドラマ
愛の感動のドキュメント 

さっちゃんウソついてごめんネ(さっちゃん嘘をついてごめんね…誤り) 

今夜は泣いて下さい!!精一杯生きた少女の生命の記録 

長崎の海に託した最後の願いは…初恋
http://www.tvdrama-db.com/drama_info/p/id-30955

富貴楼 
http://www.shinisekai.com/kameiten/fuukirou/index.html

富貴楼は後継者がおらず、休業後に解体されました
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/410298/
 
ご本によれば、

 

さっちゃん(幸代さん)の他のお子様は

 

お姉様と妹さんでした。


(2)「泣いても治らないなら泣かん」

24時間テレビ

https://tv.yahoo.co.jp/news/detail/20200822-00000017-tvguide

https://www.ntv.co.jp/24h/timetable/
 
テレビ長崎 FNSドキュメンタリー大賞2019

https://www.fnn.jp/articles/-/51856

 「泣いても治らないなら泣かん」は、

 

22日に放送された24時間テレビでの、

 

松尾夢華さんという女性の言葉です。


夢華さんは長崎県で家族と共に

 

生活をしていらっしゃいましたが、

 

中学3年生の時に骨肉腫を発症し、

 

生きるために左足を失いました。

 

普通ならふさぎこんでもおかしくない状況ですが、

 

彼女は様々な葛藤を乗り越え、

 

最初の目標であったクラスメイトと

 

一緒に高校を卒業するという夢を叶えました。

しかし、卒業後、2週間で癌が再発します。

 

ご本人には秘密で余命宣告をされましたが、

 

夢華さんはわかっていたようです。

 

私の祖父も若くして末期癌で亡くなっており、

 

余命宣告は本人に秘密でしたが、

 

全てわかっていたそうです。

 

人間はおぼろげながら来る時と

 

帰る時がわかると思います。

夢華さんはそのような中でも、

 

車いすバスケットボールの大会に出られたり、

 

お姉様と旅行をなさったり、

 

ウェディングドレスを着て

 

お父様を驚かせたりと

 

彼女はとにかく動き続けました。

2020年1月11日に18歳で亡くなりましたが、

 

笑顔を絶やさず、

 

むしろ周囲の人たちも勇気づけた姿を

 

思うと胸が痛むと同時に、

 

きっと彼女には大きなお役目が

 

あったのではないかと思うのです。
 
 夢華さんのツイッター

https://twitter.com/m3dream2)が残っていました。

偶然でしょうが長崎で

 

病気と闘った2人の女性の姿からは、

 

学ぶことが多いと思いました。


3 「泣いても一生笑うても一生、

ならば今生泣くまいぞ」

私はこの話を聞いて、

 

『仁』に出てきた高岡早紀さん演じる

 

夕霧さんを思い出しました。

 

夕霧さんはヒロインの1人である

 

野風さんの先輩にあたる女性で、

 

絵師に絵を描かれるくらいの美女で

 

かつ売れっ子でした。

 

野風さんは禿として夕霧さんについていました。

 

しかし、年月が経ち、

 

夕霧さんは末期の梅毒におかされ、

 

野風さんの頼みで仁が駆け付けた時には

 

手の施しようがない状態でした。

 

それでも仁はペニシリンでの治療を行い、

 

夕霧さんの顔の症状は

 

いくぶん良くなったものの、

 

野風さんや仁たちに看取られて

 

旅立ってしまうのです。


旅立つ前に夕霧さんは野風さんに言います。


 「『泣いても一生笑うても一生、

 

ならば今生泣くまいぞ」

 

覚えておいておくんなんし」

そのままでしかない言葉で、

 

夕霧さんが遊女であることから

 

余計に重い言葉でもあります。

いつかは上の世界というか

 

魂の世界に行くのでしょうが、

 

その人間として生きる一生はみな一度限りです。

 

泣いても笑っても1回しかなく、

 

その点では全員に平等なものであると言えます。

 

そうであるならば、

 

悲しい気持ちでいつもわんわん泣くよりも、

 

笑えないことであっても最終的には

 

笑えるようにする方がよいですし、

 

それを目指したいものです。


おひらき 

最初に出てきて最後に残るものは

広い意味での「笑うという行為」

認知症の方を対象にした研究では、

 

病気によっていろいろなことができなくなっても、

 

笑顔(微笑)だけは最後まで残ると言います。

 

また、

 

赤ちゃんは生まれてきたときには泣くものの、

 

生まれてから2ヶ月くらいまでは

 

新生児微笑が見られますよね。

 

今ではエコーの性能がよいので、

 

お腹の中にいるうちに

 

微笑のような表情を見ることが

 

できる場合もあるそうです。

 

私たちの微笑(社会的微笑)

 

とは異なるものの、

 

広く笑うという考えにたてば、

 

人間の土台には「笑う」という行為が

 

あるのでしょう。

 

それにしても、

 

再び出てきてよいものは

 

病気以外のものであると、

 

2人の女性の姿などを見て痛感しました。

 

 

このことがどなたかのお役にたちますように!

この世に本当の偶然はありません。

全ては必要だから起こっています。

ご縁がなければ出会えないように

なっています。

そういうあなたとご縁があったからこそ、

本日、このブログで出会うことができました。

ここまでご覧くださり、

本当にありがとうございました。

皆様にとって良き日、

良き時間でありますように!

合掌