キリンがさかだちしたピアス♪

↓↓BGMにどうぞ。
http://www.youtube.com/watch?v=LwtuFLaSkwE

家で飼っていたミニチュアシュナウザーが先ほど星になりました。僕と誕生日が一緒で、僕がハタチの誕生日に生まれた子。12年と7ヶ月と1日ですか。前のチワワは13年と11ヶ月だったか。その時は仕事で看取れなかったんだけど、今回は自分が休日だったので死に目には会えました。

ここ4日ほど、呼吸などが苦しそうではなくとも、身体が飲食物を受け付けない状態で、日に日に衰弱していくのが見て取れていたのですが、家に居る父母に全てを任せ、自分は帰宅するたびに顔を覗き込んでは頭をなでてやるだけでしたが。
元気なころは(っていうか、6月中までくらいは元気でしたが)、手のひらを頭の高さに固定して顔を見ると、よく自分の方から寄ってきて頭を手に押し付けてきてたんですよね。
それももうないのかと思うと、なんだか右手がスースーする。

シュナって大概、耳が垂れてるんだけど、うちの子はピーンと先が立っていてね。垂らそうとして重りもぶら下げたことがあるけど、やっぱり垂れなくて、結局最後までピーンと立ったまま星になりました。それが妙におかしい様な、嬉しいような。“らしさ”って言うのか。まぁ、そういう家族にしか分からないような感傷ってやつですかねぇ。


プレゼント。贈り物。
それは“もの”じゃなく、“こころ”だと思ってる。

チロルチョコ1個だろうと、高価な品だろうと、それは、「自分が、その日その時、その人にあげたい」と思ったものに変わりは無い。喜んで欲しくて探して、選んで、渡すわけだけど、「さぁ、喜べ」と強要するものではない。
そりゃぁ、喜んで欲しいから、喜んでくれればこちらも嬉しいわけだけど、渡す側としては渡しただけで満足していたりしてね。
とは言え、時にはそれが受け取り側にしてみれば押し付けがましくも思えたりするわけではあるのですが。

その点、うちのわんこ達とは上手くやりとりできていただろうか?


のび太との結婚式の前夜、「パパとママに何もしてあげられなかった」と嘆くしずかちゃん。
それに対するしずパパの名言。

「とんでもない。きみはぼくらにすばらしいおくり物を残していってくれるんだよ。数えきれないほどのね。最初のおくり物はきみが生まれてきてくれたことだ。午前3時ごろだったよ。きみの産声が天使のラッパみたいにきこえた。あんな楽しい音楽はきいたことがない病院をでたとき、かすかに東の空が白んではいたが、頭の上はまだ一面の星空だった。こんな広い宇宙の片すみに、ぼくの血をうけついだ生命が今、生まれたんだ。そう思うとむやみに感動しちゃって。涙がとまらなかった。それからの毎日、楽しかった日、
みちたりた日々の思い出こそ、きみからの最高の贈り物だったんだよ。ありがとうをいうのはパパやママのほうさ!」

わんこ達はそこに居てくれるだけで、共に生きてくれているだけで、僕は何かをもらっていた気がするんだな。

「のび太くんとうまくやっていけるかしら?」と不安なしずか。

パパの話は続きます。

「やれるとも。のび太くんを信じなさい。のび太くんを選んだきみの判断は正しかったと思うよ。あの青年は人のしあわせを願い、人の不幸を悲しむことができる人だ。それがいちばん人間にとって大事なことなんだからね」

どこかで聞いたことあるね(笑)

喜びを喜び、悲しみを悲しみ、いのちを生きて、目覚めたまま夢見よ。

わんこ達。うちに来て幸せだったかな?
うちの家族は幸せを頂いていたけど、返せていたかな?

ゴメンね。そして、ありがとうね。
スモール君とまた遊んであげてね、メルちゃん。

おやすみ。そして、おはよう。