【もしドラ】本編放送終了後のおまけとして、各界で活躍する人々がドラッカーにどのような影響を受けたかを語る5分番組、【私とドラッカー】があります。
↓↓昨晩の出演者は、富野由悠季監督でした。
富野監督が出てきただけでもびっくりでしたが、I.Gのおまけ番組なのに、後ろの棚にサンライズ作品のDVDがぎっしりだったことにもっとびっくり(笑)
その【もしドラ】のアニメも本日で最終回(10話)を迎えます。少し悩みましたが、9話を見る前に原作を読むことにして、読破しました。
ミスドラ。 ………うざい?
僕はオールドファッションが一番好きです。
【もしドラ】を読んでみて改めて思ったのですが、作中で引用されているドラッカーの【マネジメント】の文章は、先のブログにも書いた通り、自分に言われているような、不特定多数の人に伝えたいような言葉ばかりが並んでいました。
1つ例を挙げます。以下、『』内は引用文です。
『専門家は専門用語を使いがちである。専門用語なしでは話せない。ところが、彼らは理解してもらってこそ初めて有効な存在となる。彼らは自らの顧客たる組織内の同僚が必要とするものを供給しなければならない。』
『このことを専門家に認識させることがマネジャーの仕事である。組織の目標を専門家の用語に翻訳してやり、逆に専門家のアウトプットをその顧客の言葉に翻訳してやることもマネジャーの仕事である。』
(【マネジメント】125頁 【もしドラ】93頁)
最近だと東電の原発事故の説明でしょうか。東電側は専門用語で説明し、それに対し記者側は「○○とは何ですか?」と質問を投げ返す。間に翻訳家(マネジャー)が居ないから話がなかなか進まない。
ニュース番組で、「本日は○○の専門家の××さんにお越しいただき、解説を交えて何たらかんたら……」という状況は良く見ますが、その××さんが専門用語を翻訳するマネジャーってことですよね。
そういう役割を果たすマネジャーが居ないのであれば、専門家がマネジャーを兼任しなくてはならないと思うのです。なので、東電さんは記者の皆さんに最初から分かりやすい言葉で説明するか、専門用語を用いた際に補足説明をした方が良かったのではないか?と。
(飽くまで例として挙げただけで、それに該当する会見内容について言及するつもりはございません)
そして僕自身に限って言えば、料理を少し学んできたわけなのですが、そこで得た知識を誰かに公開するにあたって、誰もが分かるような言葉に直す必要があるのだと認識しています。つまり僕は、専門家でありながらマネジャーとして伝えなくてはいけないということですね。
それは【もしドラ】を知る前から考えていたことなのですが、今こうして【もしドラ】を知ったことでより強く考えるようになりました。そうすることで、自分の知識を客観的に見ることができ、知識の再確認と自己のレベルアップにもつながるという。
そんな感じのことが高校野球を題材にしたラノベ(ライトノベル)感覚で学べる本が【もしドラ】です。
↓↓本を開き、更にあそびをめくると1枚の絵が。
主人公は右の女の子、“みなみ”。
真ん中が“夕紀”。 左が“文乃”。
野球部女子マネージャーのスリーショットです。
でも、これは幻のスリーショット。先のブログで書きましたけれど、夕紀には哀しい展開が訪れます。
僕はこの絵を見て、「誰もが納得のハッピーエンド」だと思っていました。甲子園まであと一歩。そんな時に訪れる悲劇。みなみがやってきたマネジメントは無駄だったのか? このまま終わってしまうのか?
王道といえば王道ですが、分かっていても泣けました。
新感覚高校野球物語、【もしドラ】。
これを読んだら物事の見方がちょっと変わるかも?
サクっと読めるのでお勧めの1冊ですよ。



