皆さんこんにちは。ロイチキ屋です。
僕が1992年代に入社した当時の定年年齢は55歳でした。
それが、親父が退職する2000年頃には定年年齢は55歳のまま60歳まで働ける問うようなグレーゾーンが設けられ、2010年には60歳が定年年齢となりました。それが今や、定年年齢が65歳になろうとしており、希望すれば同じ会社で70歳まで働けるという信じがたい状況になりつつあります。
しかし、55歳 定年年齢の時代の平均寿命が80歳だったわけで、割合からすれば、人生の69%が会社人生となり、今は100歳 人生なので、その69%とすれば、70歳定年としても、なんら不思議ではないですよね。。
その一方で、65歳定年、70歳定年と逆行する形で、世の中ではFIRE(Financial Independence Retire Early /経済的自立と早期退職)という価値観のムーブメントも話題に上っていますよね。
70歳定年(=死ぬまで働く)という現実にあらがう方法の一つがFIREであるならば、それを実現できる人はごく僅かな人たちだということも理解しています。
生活が苦しくお金が必要な人や、FIREにあこがれる人を狙って、ネット上には様々な儲け話や「一生お金に困らない」というキャッチコピーが溢れかえっていますが、この言葉にとびついて多くの方が悲しいことになっているということも容易に想像できます。
かく言う私も、こうした甘い言葉に乗せられてアフェリエイトに手を出して大金を失うという痛い目にあった一人ですので、こうした方々の気持ちはよく理解できます。
こうした経験から学んだことは、結論から言うと『定年は自分で決める』 ということなのです。
実現できるかどうか分かりませんが、その重い腰を上げるためにも、まずは定年時期を自分で決めることが 「退路を断つ」 初めの一歩だと気が付いたのです。
そうすることで、そこへ目がけてどのように行動していけばよいか、退職後はどのように生きていけばよいかという具体的な計画と行動に結びつくということを改めて理解したのです。。
簡単なことではないのですが、今まだ残されている気力を、会社で70歳まで使うのか、残りの人生の礎を築くエネルギーに使うのかで、
60歳以降、70歳以降の人生が大きく変わっていくのだということが、おぼろげながら分かってきたいのです。
多くの先輩から「65歳まで働くんじゃなかった。こんなこと(奥様病死)ならもっと家族と一緒に過ごすことを選べばよかった」とか、「65まで働くと、それ以後全く生きる気力がわかない。
今では妻に迷惑をかけている。家庭にいずらい」「長く外で働いた後では、地域の方との交流がなかなかうまくできない」という話をお酒の場で聞かされます。
こういうふうにだけはなりたくないと反面教師にさせてもらっていますが、中には全く反対の先輩もいて、とても参考になる話をしてくれます。
その方は、50歳の時に室長という立場を捨てて外資系へ転職しましたが、55歳で退職し家族と介護施設を開いたのです。
介護施設といっても小さな介護施設なのですが、ご本人と奥様、二人の成人した子供さんの4名で切り盛りしていると言っていました。
とても充実した人生を送っていると、満面の笑みを浮かべていました。
僕も「こんな人生が送りたい」と思いました。そうです、5年前のあの時は思っただけでした。
こんな思いが時間の経過を経てどんどん熟成されてきたのでしょうか。
最近その時の印象ばかりが心に浮かび上がるのです。
決して会社が嫌いなわけではないのですが、限られた命の時間を、家族と本当に有意義に使えるのか、真剣に考えると、怖くて仕方ないのです。
自分のため、家族のため、そして娘たちのために何かを残したいと強く思うようになってきたのです。
うまく言えませんが「自分が生きた証、妻に対し夫がいた証、娘たちに対して父がいた証」を残したいと思うのです。
このブログ日記も、実はそうした潜在的な想いの一つから出発したのかもしれないです。
しかしブログだけでは足りず、近い将来、この想いをできれば自然な形でカタチにしたいと考えています。
そのためには、もっともっと考えないといけないようです。頑張ってやっていこうと思います。
ということで、ここまで読んで頂きありがとうございました。ではまた、ロイチキ屋のブログを見に来て下さい。ありがとうございます。