皆さんこんにちは。ロイチキ屋です。

ブログ「053_定年を自分できめるということ」でも告白した通り、決して会社が嫌いなわけではないのですが、平均寿命まで生きられてあと30年。
 

限られた命の時間を家族と有意義に使えるのかということを考えると真剣に怖くなります。

ある先輩からは「自身の経験から、55~60歳の人生の在り方がその後30年を決める。社畜になるなよ」と言われました。
 

この言葉の意味はとても深いと思っています。

確かに若い頃に比べると会社に対する貢献意欲は随分と薄らいでいるのは確かですが、それとは反比例して、部下や後輩のためにという意識は、若い頃に比べれば2倍にも3倍にもなっているということも強く感じます。
 

ですから、間違っても社畜にはならないと思いますが、もしかすると、今世間で言われる"妖精"になりかけているのかもしれません。

そう考えると、妖精になってしまう状況のタイミングと"限られた命"を自覚した時期が重なったことが、僕の気持ちを動揺させるというか、落ち着かせないのかもしれません。

このまま平々凡々と60歳を向かえた後にその後のことを考えるのか、会社に身を置きながら(保険を掛けながら)妖精と化して次の人生の準備をするのか、会社の中で無理やりひと暴れして会社に貢献するのか、はたまた一旦 今の会社を辞めて(退路を断って)次へ進むのか・・・、選択肢は山ほどあると思うのですが、どれがベストなのかは今は分かりません。

ただ、このままではいけないということは自身の気持ちの中でハッキリしています。
 

焦ってもしょうがないことなのですが、日を追うごとに、一日一日があまりにも早く過ぎ去ってしまうので心が痛みます。

ずっと昔のことですが、母から「身の周りの全ての出来事に感謝の気持ちをもって歩めば道は見えてくる」と教わったことあります。

今こそそうした境地で物事や人生に関わらなければいけないのでしょうが、何が心の障壁となっているかと自問すれば「今の生活を失ってしまうことが怖い」というのが本音です。
 

感謝して歩んでも収入が切れてしまえば、家族みんなが困ってしまう。

あ~、また言い訳を言ってしまっている自分が出てきてしまった。
 

この"言い訳おじさん"のキャラクターを抹殺しない限り、僕は先には進めないと分かっているのですが・・・

変わりたい、変わらなければ自分が駄目になる、でも怖い・・・こんなやり取りが幾度となく自身の中で繰り返されます。
 

会社や日常生活の中ではテキパキと決断する自分のキャラクターとは真逆の、じれったくて、うっとうしくて、僕が一番嫌いなタイプの"言い訳おじさん"が僕の心の一等地に鎮座してしまっています。

まずは、こいつと戦うと決意しよう。そして少しづつでも自分らしい在り方を見つけだそうと思う。

まさか自分の中のもう一人の人格と戦うことになるとは思いもよりませんでしたが、どうやらそういうことになってしまったようです。

こうして言葉にしてみると、自分の中の弱いところや嫌なところが形として見えてくるので、色々と考える機会になるので、自分自身を客観的に見れるようになっています。

それで自分で書いてておかしな話ですが、自分の心の中のことを書いていると、時々気持ち悪くなります。
 

これは心の内を文章化した時の副反応であり、これを乗り越えてこそ次があると信じて、これまで以上に書き続けていこうと思います。
 

自分の中の"言い訳おじさん"と戦うということ以外、全く結論の出ないとりとめもなく書き続けてしまいました。

 

でも限られた命の時間を大切に使い切るために頑張って戦おうと思います。

 

長々とごめんなさい。

ここまで読んで頂きありがとうございました。ではまた、ロイチキ屋のブログを見に来て下さい。ありがとうございます。