テレビでも製薬会社が禁煙外来とさけびます。
みな口々に同じことを言います。タバコは寿命を10年縮める。と(まったくの無根拠ですが。)
ここで百歩譲って考えて見ます。
僕の寿命は何歳?そしてそこから10引けばいいの?それで?
寿命を延ばすために好きなことを我慢したり、健康に摂生することがそれほど大事なことでしょうか。
修行僧のような生活をするのは長生きするためなんでしょうか。長生きしなければならないのでしょうか。
人間ってやっぱり遺伝子からは逃げれない。僕はそう思います。
体か頭のどちらかがいかれるんですね。正確にいうと、頭も体の一部であり、
軟骨が失われるように、脳細胞も失われていくわけなんですが。
認知症と診断された人がいるとします。脳が萎縮しているからだと。
現代の医療では、70歳後半程度ならガンだろうが治してしまう力があります。
脳はどうでしょう。脳の萎縮はとめられるでしょうか。膝がいたくて歩けない人には
ヒアルロンやステロイドを注入して維持できます。
しかし、脳の萎縮はとめられません。本来ならば、臓器不全やガンで死んでいく予定
だったのが、現代医療で生をとどめたわけです。
あなたは死ぬ前に何を考えますか?これまでの人生。つらいことやうれしいこと。
懐かしい記憶。そして我が子。
認知症にもさまざまなタイプがあります。ひたすら妄想に追われる人。自分が誰かすらもわからない人。
認知症になりかけであることを自覚しつつ、不安しかたがない。次第に自覚できなくなり、廃人のように
他人に口に食事を運んでもらう人。
いずれの方もアルツハイマー型認知症が治ることはありません。
いくら脳トレをやろうが気休めにもなりません。手芸をしようが、歌を歌おうが、誰一人として
よくなった人はいません。認知症を治す薬もありません。すべては本人の周りが
認知症の進行を抑えている。という思い込みからくる自己満足にすぎないのです。
どのような認知症の方であろうと、最後は廃人のようになります。発症して早い人で数ヶ月、です。
80歳代で3人に1人が認知症になります。90歳代ではなんと2人に1人が認知症に。
死んだあと、家族の記憶に残るのは、介護で大変だったおじいさんとおばあさんのイメージ。
それしか。残りません。介護がながければながいほど疎まれて。
認知症になった本人は、死ぬ前に自分の人生すら振り返ることができず、形見すら託すことも
できません。そう。本人はこれから死にゆくことすら自覚できずに死んでいくわけです。
僕の子供はあと数年で成人します。僕が60になるころにはとうに嫁にいっていることでしょう。
僕は死ぬときは清清しく、手を握りながら人生を回想し、往生したいと思います。
長生きとはその人が歩んだ人生の結果として付随的について回るもの。
長生きするための摂生は意味がない。
そう思いませんか?







