私は怒られても
殴られても
存在を無視されても
とにかく
何をされても
反抗はした事が
ありません。
でも
心の中に溜まった
モヤモヤを
レポート用紙に
書くと言う事で
自分の気持ちを
抑えていました。
ある日
テーブルの上に
そのレポート用紙が
置いてありました。
その横には
ハサミが
ありました。
裁縫用の
ハサミで
大きなハサミ
でした。
それを見た瞬間
次は何をされる
のか
それで頭の中が
いっぱいでした。
母はまず
兄2人とお利口ワンコと
私に
向かい
そのレポート用紙
に書いてある
文章を読み上げました。
当然ですが
内容はネガティブな
事しか書いて
ません。
それが母の
逆鱗に触れてしまい
ました。
母は
読み上げた後
私に
自分の被害妄想で
家族の悪口を
書く酷い子だと
私に怒鳴り
他にも
散々もう忘れて
ますが
いやと言うほど
怒られました。
その後
椅子に座りなさい
と言われ
私は椅子に
座りました。
母は電気コードを
椅子に座った私に
巻きつけ
動けない様にし
ハサミをとり
私の長かった髪を
切り始めました。
悪い子は
外に出れなくしないと
いけないと
いいながら
ほぼ切り終える
ところで
父が帰って来ました。
父はビックリし
何してると
母に言い
ハサミを取り上げ
電気コードを
外してくれました。
そして
バラバラに
切られている
私の髪を
揃えてくれました
そして
お風呂に入って
もう寝なさいと
言われ
そうしました。
その後父と母の
間で何があった
のかは分かりません。
次の日の母は
また、いつものこと
ですが
普通でした。
ですが、こんな
事では終わり
ませんでした。
また、ビクビク
しながら
怒られない様に
してましたが
何かと理由を
付けて
怒られます。
私は隠していた
レポート用紙が
何故見つかったのか
気になっていたので
自分の使っていた
引き出しに
クリップや
爪楊枝などで
開けたら分かる様に
細工をしました。
学校から帰って来て
見てみると
全部の仕掛けが
落ちていました。
私はずっと
引き出しの中まで
監視されて
いた事を
確認しました。
そこに
驚きや怒りなどは
なく
やっぱり
やられてた
と、だけ思いました。
それから私は
注意深くなり
家に大切な物
特に見られたく
ないものは
置かなくなりました。
このことは
忘れられません
何故なら
今でも
隠すという
行動をして
しまうからです。
別に見られても
いい物でも
隠します。
この家に母が
いなくても
良く言われる言葉
があります。
もっと酷く辛い
人がいる
と言う言葉です。
これは
なぐさめる為に
使われる場合と
お前がされた事は
たいした事ない
と、2種類の
意味があると
思います
もちろん私も
それは分かって
いますし
今現在も酷い事を
されてる人は
たくさんいるだろう
と、考えます。
虐待で亡くなる
子供のニュースも
見たことが
あります。
その小さな子が
一体何を
したと思います。
酷すぎます。
狂ってると
しかおもえません。
ただ私が思うのは
これは、私が体験した
事、そして
今もまだ色んな形で
続いています。
何とか
今年中に
関係を
なるべく穏やかな
形で離れて
行かなければ
私の精神が
もう、持たない
所まで来ています。
もっと辛い人が
いっぱいいる
と言う言葉で
なぐさめられても
それは
なぐさめには
なりません
どういう意味で
捉えるのかは
前後の文脈から
しか分かりません。
それは私
だけでは無い
と思います。
人の辛さや痛みは
比べようが
ありません
ただ
簡単に
辛い人はいっぱい
いるよ
と言われれば
その言葉を
言う人によって
違いはありますが
かなり
心の中を
えぐられる様な
気分になる
事が分かりました。
言葉というのは
暴力になる
そして
ギリギリの
精神状態に
いる時には
最期の一押しにも
なってしまう
私自身言葉に
気をつけようと
思います。