こんにちは、ロイヤル麦茶です。

今回紹介する神社は富山県射水市三ケ高寺の十社大神です。

御祭神は天照大神、豊受大神、伊邪那美命、宇迦之御魂命、火彦豊神、大名牟遅命、少彦名神、権御名方命、豊玉姫命、気長足姫命、表筒男命、中筒男命、底筒男命、高雷龍神、闇雷龍神、菅原道真。

近くにあります蓮王寺の境内には多くの鎮守があり、建保3年(1215年)、僧・教信がこれらを合祀し、現在地に十社大明神を創建したのが始まりで、「十社」という名称は祀られていた10の鎮守を表したとみられております。
昭和2年(1927年)に三ケ地域の14社が合祀され、現在の十社大神となりました。

あいの風とやま鉄道の小杉駅から北東へ歩いて10分ほどの所に鎮座しております。

 

前回投稿した記事で紹介した戸破加茂社をお参りした後、来た道を戻ります。

 

下条川を渡ると十社大神の南参道入口に到着しました。

 

南参道入口の横にある駐車場に社号標が建っておりました。

 

南参道を少し進んだ所に南参道の一の鳥居が建っております。

 

一の鳥居後方には狛犬がおりました。

 

先へ進むと二の鳥居が建っておりました。

 

こちらは平成25年(2013年)の伊勢神宮の式年遷宮の時に下賜された用材で建てられたものとなります。

 

二の鳥居をくぐり、先へ進みます。

 

先に進むと参集殿がありました。

 

先に進むと西参道と合流します。

 

西参道には伊勢神宮の遥拝所があります。

 

遥拝所のそばには土地改良完工記念碑が建っております。

 

昭和28年(1953年)から昭和38年(1963年)の間に掛けて行われた農業振興のための土地改良が竣工した記念に建てられました。

 

こちらは西参道に建つ鳥居ですが、反対側から撮影しております。

 

というのも、西参道は敷石工事が行われており、通る事が出来なかった為です。

 

西参道のそばには献穀田がありました。

 

こちらは西参道の鳥居のそばにいた狛犬です。

 

合流地点に手水舎がありました。

 

柄杓はありませんでしたが、手水が出ていたので直接清める事が出来ました。

 

手水舎の向かいには宝物殿があります。

 

宝物殿の隣には神輿殿があります。

 

十社大神の拝殿前に到着しました。

 

拝殿に掲げられている扁額です。

 

こちらは拝殿の手前にいた狛犬です。

 

社殿の周りには遊歩道があったので、拝殿の左手より進んでみます。

 

先に進むと小さな鳥居が建っておりました。建っていたのは本殿の後方だったかな。

 

社殿の右手の方へ進みます。

 

こちらは十社大神の幣殿と本殿です。

 

十社大神の社殿右手には境内社があります。

 

こちらは十社大神の旧社殿です。昭和2年の神社合祀前のものです。

 

旧社殿の左手には片口神明社があります。

 

元は片口村(後の新湊市→射水市)に鎮座しておりましたが、富山新港の開港に伴い、十社大神の境内に遷座されました。

 

片口神明社の社殿は覆屋の中に鎮座しております。

 

片口神明社の左手には水上北莱顕彰碑があります。

 

水上北莱は江戸時代末期から明治時代にかけて活躍した地元出身の南画家だそうです。

 

水上北莱顕彰碑の左手にはウワミズザクラが立っております。

 

平地に立っているのは珍しいそうです。

 

こちらは参集殿の隣にある社務所です。御朱印を頂こうとしましたが、どなたもいらっしゃいません。

 

十社大神の拝殿から左手に伸びる参道を進むと宮司様宅があり、そちらで頂けるとの事なので、宮司様宅へお伺いします。

 

宮司様宅へ続く参道の途中には神馬殿があります。

 

元は十社大神に合祀された神明社のものとなります。白い神馬と黒い神馬がおり、白馬には文政4年(1821年)の銘があります。黒馬には銘がありませんが、白馬の後に作られたと推測されます。

 

宮司様宅へと続く参道の入口に建つ鳥居です。

 

鳥居のそばには狛犬がおりました。

 

宮司様宅で御朱印を書いて頂きました。神馬の金印が入っております。

 

 

御朱印を頂いた後、小杉駅からあいの風とやま鉄道の列車に乗車しました。

 

高岡駅で下車し、駅のそばにあるホテルに帰りました。この日は朝早くから神社巡りをしましたが、朝からかなり暑かったので汗をたくさんかきました。500mlのペットボトル何本飲んだかな…。

 

 

よろしければ投票お願いします!!

にほんブログ村 コレクションブログ 御朱印へ
にほんブログ村

 


御朱印ランキング