今年も地元の神社の例大祭は神事のみ行われましたが、自宅近くの町内会ではコロナ感染早期収束祈願として軽トラックの荷台に神輿を載せて、町内を巡回しておりました。例年通りにお祭りが行われるのはいつになるのでしょうか…。
それではお参りした神社を紹介します。前回からの続きで、5月30日にお参りした神社を紹介します。
尾陽神社につづいて紹介するのは愛知県名古屋市中区錦の泥江縣神社です。ビルが多く建ち並ぶ所に鎮座しており、境内はビルに囲まれております。
○御祭神
応神天皇、神功皇后、三女神
○由緒
当神社は、尾張本国帳に従三位泥江縣天神とあり。清和天皇貞観元年豊前の国、宇佐八幡宮からこの地に勧請せられ当時境内八丁四方あり応永二十六年修繕、遷宮、社殿は、古社寺保護建造物に指定せられ、徳川時代には藩主を初め一般民衆の崇敬厚く広井の八幡と称して稱して親しまれ大祭には豪華な神輿をはじめ氏子、各町の傘鉾車が出て白山神社への神輿渡御武者行列などあり名古屋名物であった。
それが昭和二十年三月十九日の戦災で烏有に帰し復興したが昭和四十一年不審火に依り再度焼失した。幸にも二度共御神体は御無事であり再興して今日に至った。
(境内の由緒書きより)
〇社頭
尾陽神社をお参りした後、名古屋市営地下鉄鶴舞線の荒畑駅から鶴舞線の列車に乗車し、伏見駅で下車。伏見駅から歩いて10分弱で泥江縣神社の社頭に到着しました。
鳥居の手前には社号標が建っております。
鳥居をくぐり、くの字になった参道を進みます。
〇手水舎
参道の右手にあります。
新型コロナの影響で使用できない状態でした。
〇拝殿
くの字になった参道を進んだ先に拝殿が鎮座しております。
拝殿に掲げられている扁額です。八幡宮と書かれておりました。「八」の字は神使の鳩になっております。
拝殿前にある狛犬です。
〇錦稲荷社
泥江縣神社の社殿左は錦稲荷社の参道入口となっております。
参道入口となる鳥居の手前には水盤と水口がありました。手水は出ておりませんでした。
鳥居をくぐり、参道を進みます。
鳥居をくぐり終えると錦稲荷社が鎮座しております。
尚、鳥居の左手に立つイチョウの下に祠があり、石が祀られておりました。水や酒を掛ける人がいるようで、そのような事をしない様、注意書きが貼られておりました。
祠の左手にある大きな石の前には米や塩を地面に撒かない様、注意書きがありました。何故このような事をするのでしょうか!?
〇境内社
泥江縣神社の拝殿右手奥にも境内社が鎮座しております。鳥居が三基並んでおりますが、正面から撮るのは不可能でした。
菅原天神社、秋葉社、住吉社の合殿です。
こちらは五條天神社、金刀比羅社、八神社、楠社の合殿です。
こちらは蛭子社です。
社殿の手前には過去のお参り手順と現在のお参り手順が書かれておりました。
〇昇龍見返りの楠
境内社のそばに建っております。
〇御朱印
社務所で頂いております。
5月30日にお参りした泥江縣神社が最後となり、5月28日から30日にお参りした三重県鈴鹿市、四日市市および愛知県名古屋市の神社の紹介は終了となります。
泥江縣神社をお参りした後、名古屋市営地下鉄桜通線の国際センター駅から隣の名古屋駅まで乗車し、駅構内のドトールコーヒーで一服した後、東海道新幹線に乗車して東京へ帰りました。