現役男性アイドルの書いた小説の映画化「ピンクとグレー」は、スターを目指す若者を主人公としたまさに原作者の等身大とも言うべきストーリーであるが、話題になった映画が始まって62分後の衝撃には甚だがっかりさせられた。
鈴木真吾(ごっち)、河田大貴(りばちゃん)、石川紗理(サリー)は、11歳の頃団地で知り合った幼馴染。
真吾と大貴は、読者モデルから芸能界に入り、街で偶然サリーと再会する。
やがて、真吾はチャンスを掴み、白木蓮吾という芸名で一気にスターダムへのし上がるが、同居する大貴は、エキストラのまま。
2人の溝は徐々に深まり、喧嘩したのをきっかけに仲は決裂、大貴はサリーの家に転がり込み、同棲し始める。
喧嘩別れしたまま5年が過ぎて、同窓会で2人は再会、久しぶりにきちんと話し合った2人は、ようやく仲直りをした。
次の日、真吾のアパートで目が覚めた大貴は、真吾の置き手紙を読み、その約束通り、夜に再び真吾の家を訪れると、首吊り自殺をした真吾と6通の遺書を発見する。
ー以下ネタバレありー
散々宣伝していた上映62分後の衝撃だが、なんのことはないこれまで観ていたのが、すべて劇中劇だったという仕掛けだ。
しかもそれをメタフィクション風に仕上げていたが、いかんせん出演俳優目当てで映画を観に来た若い女子の多くは、行定監督の顔など知らないだろうから、本物の監督が劇中劇の監督役で登場しても、それがメタフィクションであることさえ気づかないだろう。
叙述トリックかと言うと、そうでもなく、こんなことを言ってしまっては身も蓋もないが、この大掛かりな仕掛け自体、やめて普通のストーリーにしたところで内容的にはなんら変わりなく、単に観客を混乱させるだけの効果しかない。
画面は後半、カラーからモノクロに変わる。
タイトルに倣うと友人が死ぬまでの劇中劇がピンクで、後を継いだ主人公のその後が、グレーとしてイメージされているので、それを映像化したものだが、グレーになっても謎は何一つ明かされない。
ミステリーに見せかけたまやかしのグレーである。
例えば6通の遺書とはどんな内容だったのかもわからず、真吾の姉の死についても自殺をほのめかすような台詞があるが、事故なのかどうなのかも曖昧で、近親相姦的な禁断の愛もありそうな、なさそうな。
真吾の自殺の真相に至っては、劇中の関西弁の台詞通りなんとも「しょうむない」理由である。
こういう場合、想像できるパターンとしては、
友人の死を利用してスターになろうとした主人公が、その亡霊に悩まされ、最後には自分も狂って自殺するとか、逆に亡霊と対峙しながら成長して本当に自分の力でスターになっていくとか、実は死の原因が、芸能界の闇社会にあって、それを暴いて友の無念を晴らすとか、なんらかの大きな展開があってもいいのだが、思わせぶりなだけで、な~んにもない。
もしかしたら友達の自殺は偽装で、主人公が殺したのかもとも思ったが、もちろんそれでもなかった。
主人公は、ギリギリまで追い詰められることもなく、明るい未来が見えたのでもない。
何もかもがグレーのままだった。