フリーパス無差別鑑賞(8)「ぶれない心」 | ◆◆ ロイの書斎 ◆◆

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頭に浮かんだことをエッセイ風に書き綴っています

妹尾河童の自伝的小説「少年H」は何度か映像化されているが、今回初めて映画化された。

第二次世界大戦前の神戸。
イニシャルの「H」を大きく編み込んだセーターを着ていたことから友達に「エッチ」というアダ名をつけられていた少年 肇(はじめ)は、父が外国人と交流のある洋服の仕立て屋で、母が熱心なキリスト教徒であったために当局から目をつけられ始める。
オペラをレコードで聴かせてくれた近所のお兄ちゃんがコミュニズムの思想犯で捕まり、女形の役者だった青年は出征が決まると戦地に行かずに自殺した。
やがて父にもスパイ容疑がかかり、拷問を使った厳しい尋問がくりかえされた。
やがて戦争は終わるが、人々の心はすさみ、父も抜け殻のようになってしまい、Hは自殺まで試みるほど悩み苦しむが、それを乗り切り新しい人生を模索し始める。

理不尽な戦争に対して子供ならではの目線はとても鋭く、正しく生きていくことの難しさを感じた。必要以上に暗い雰囲気にならず戦後の主人公の苦悩も新しいスタートへの決意にも共感した。
終戦がわかった時に叫んだ少年の慟哭が心に残る。
「この戦争は何やったんや~」

映画を観た後でこの小説に児童文学作家の山中恒から痛烈な批判本が出ていることを知った。
たしかに歴史的に間違っている箇所は沢山あったらしく、文庫本化や今回の映画化の時にも山中の指摘を参考にその辺りの修正は加えているらしい。
しかし、未読の作品に対してあれこれ言うのは良くないが、小説の中のHの考え方まで批判する必要はないと思う。
つまりHの両親のようなリベラルな考え方は当時の一般的な日本人の感覚から大きくかけ離れていて、Hも学校教育に洗脳され他の子供同様この戦争は正しいという大義を信じていたはずだと言うのだ。
しかし、ノンフィクションのドキュメンタリーではなく、自伝“的”なだけで小説である以上そこはあまり重要ではないと思う。
嘘であろうが重要なのは受け手がどう捉えるかであり、戦争当時の凄まじい思想教育に感化された人を批判するつもりはもちろんないが、小さい頃から教師と警察が嫌いだった私からすると国民全員が戦争に突き進んでいた中でたった1人でもそれに反対する子供がいたと信じたい。
そういうぶれない心を持つということは、様々な考え方が許される今の世の中でますます難しくなっていってると思うが、考えのないまま流されずに常に悩み続けることが大切なのだと思う。