SFの短編には生死に関わる究極の極限状況から脱出する方法を導き出す「方程式もの」と呼ばれるジャンルがある。
このジャンルの先駆けとなった「冷たい方程式」の舞台は宇宙空間を航宙する宇宙船だったが、地球上での極限状況と言えば海での遭難だろう。
未読なのだが、エドガー・アラン・ポーの未完の長編「ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語」では海を漂流した4人の男が1人の男を殺して食べるというカニバリズムが描かれている。
殺された男の名はリチャード・パーカーと言うのだが、この小説を発表してから約50年後まったく同じ事件が起こる。
船が難破し、4人の男が遭難。3人の男が1人の男が殺してその肉を食べた。
その殺された男がなんとリチャード・パーカーという名前だった。
ベストセラー小説の映画化アン・リー監督の「ライフ・オブ・パイ」は、海で遭難した少年の話であるが、少年と一緒に遭難するのがこれまたリチャード・パーカーである。
この名前はあきらかに前述の事件と小説を意識した名前だが、ただし本作のリチャード・パーカーは簡単には殺せない。
なんせ体重200kgを越す猛獣なのだから
1960年代、インドに住むパイという愛称の少年は、父親が経営する動物園の動物達と共に家族でカナダへ移民することになるが、その航海の途中乗っていた貨物船が沈没、パイは動物達と一緒に救命ボートに乗り込み九死に一生を得る。
だがそのボートにはベンガルトラのリチャード・パーカーも乗っていた。
やがてトラ以外の動物は死にパイはリチャード・パーカーと共に壮絶な運命の227日間を生き抜くことになる。
物語は主人公の名前に関するエピソードから始まり、前置きが長いがユーモラスで飽きさせない。
パイは水泳が得意で、菜食主義の家庭で育ち、頭がよくて本が好き、3つの宗教(ヒンズー教、イスラム教、キリスト教)に敬意を払う変わった少年で、好奇心旺盛で動物好き、猛獣とも分かり合えるものだと小さい頃は信じていた。
そういう彼の生い立ちを描くことで、過酷なサバイバルにそれがどう影響していくのかがわかってくる。
子供の頃のエピソードの中には後に一緒に遭難するトラのリチャード・パーカーと対峙するシーンもあり、トラとの因縁めいたものを印象づけている。
パイは様々な自然の驚異を目の当たりにする。
トビウオやイルカの大群、ザトウクジラとの遭遇などはリアルなサバイバル描写の中にあってひときわファンタジックで、圧倒される最大の見所だ。
またミーア・キャットの住む一見楽園に見える悪魔の島など自然の怖さも美しく映し出している。
結局トラとは分かり合えなかったと嘆くパイだったが、映画ではトラの心情をイメージさせるインサートがあり、映画ならではのハートウォーミングなラストだった。
「少年とトラの方程式」
それはどちらかが生き残るためのものではなく、お互いの存在がシナジーを生み出し、両者の命を救った心温まる方程式だった。