今日は学校の先生の思い出を書きたいと思います。

始めに言ってしまうと、小、中、高といい先生に恵まれませんでした。

教師である以前に人間として問題がある人もいましたし、どう考えても教師には向いてない人もいました。

 小学校5年生の時の担任は、プールの授業で男子が言うことを聞かないからと、授業が終わってから男子をプールサイドに正座させて、一人づつ平手で頬を叩きました。その担任はお世辞にも子供が好きとは言えない人で、なんでこんな人が教師になったのか今でも分かりません。大らかな時代だったとはいえ、こんな人間が高い給料を貰っていたと思うと世の中間違っていると思いました。

 中学1年生の時の先生は、文学少年がそのまま先生になったような国語の教師でした。私はこの先生は若くて年も近いので結構好きでしたが、少し繊細な人で、あとから友人に聞いたところ、荒れる学校に赴任してから精神を病んで入院したそうです。

 高校に入ってからは、こんな光景を見ました。体育の教師が、みんなが通る廊下の真ん中で、生徒を腕立て伏せさせていたのです。その生徒が何かしでかしたのでしょうが、見せしめでそれをやらせていると知った時は、入る高校を間違えたと思いました。

 

学生のころは、先生という存在は社会そのもので、先生の言ったことは絶対でしたが、当時の先生の年齢になってみると、理不尽な怒られ方をしたり、思想の右左を問わず、自分の理想を生徒に押し付けたりと、教師の人間としてのエゴが今になって分かります。特に中、高校生の時はひどかったと感じます。

 

と、今日は先生に対する悪口ばかり書くつもりでしたが、ふと思い返すと、通信制の高校の時の先生はいい先生が結構いたなと思い出しました。私も成人していましたし、さまざまな年齢の生徒がいましたので、一方的に命令したり怒ったりするのではなく、大人と大人の対等な関係で付き合ってくれたように思います。

 

教師であり、人間としても素晴らしい人は一握りなんだなと改めて実感しました。

学校というのは社会のほんの一部で、世間に出ればもっと色んな人がいるので、学校が合わないと思っても、それが社会の全てだと思わないでほしい、と言いたいです。