父が会社から帰ってくると、病院に寄ってきたらしく親戚に『お袋、2~3日が峠だって言うから顔を見せに行ってやってくれ』と電話をしていた。

私には『峠』と言う言葉の意味は理解できなかったが、『お婆ちゃんは死んじゃうんだ』と思って涙がポロポロと溢れてきた。


母が病院に付き添うと言う事で、夕飯は母が用意した物を父がテーブルに並べてくれた。

そして、みんなが席に着いた時、父から『お婆ちゃんはクモ膜下出血と言う頭の病気で助からないかもしれない。明日病院に行ってお婆ちゃんに会ってくるんだ。』と言われた。


父の言葉から、よりお婆ちゃんの『死』が現実味を帯びてきた。
夏休みも残り僅かになった時、いつものように二人でお風呂に入っていた。

祖母『先に上がって冷たい物でも飲んでな。婆ちゃんも風呂場を掃除したら行くから』

私『分かった!』

体を拭いてもらいながらこんな会話をして先にリビングへ行った。


いつもなら10分もすればお婆ちゃんは出て来ていたのに、この日は10分経っても20分経っても出てこなかった。

私はリビングに一人で居るのも不安だったから脱衣場まで行って『お婆ちゃん。まだ?』と声を掛けた。

しかし、お婆ちゃんからの返答はなくシャワーの音だけが響いていた。

そして、ドアを開けながら『お婆ちゃん』と呼んだ。

私の目に倒れたお婆ちゃんの姿が入ってきた。

私は、何度も『お婆ちゃん』と呼びながらお婆ちゃんの体を揺すってみた。

反応がない事に驚き、私は自分の家へ行き母にお婆ちゃんが倒れた事を話して来てもらった。


母はお婆ちゃんの体を手際良く拭き、裸だと可哀想だからとパジャマを着せた。

そして救急車を呼んで大好きなお婆ちゃんは病院へと行ってしまった。
私のお婆ちゃんちでの生活は今までに無いくらい穏やかで平穏な日々だった。

朝起きたらお婆ちゃんと庭の手入れ、それから洗濯、掃除と、お婆ちゃんは私を預かってくれる時の約束。
『働かざるものは食うべからず』
と、家の手伝いをする事を条件に私を置いてくれたのだ。

私はお婆ちゃんとの生活が楽しくて楽しくて仕方なかった。手伝いなんて全然苦にならなかった。

この時は、この穏やかな生活がすぐに終わるとも知らずにバカみたいに楽しく生活していた。