逆境野郎 | rowthe 【 ロウジ 】

逆境野郎

ケージェーだこの野郎!!



最近、ずっとメンバーと過ごしていた。

バンド作業を進めつつも、、、

音楽活動で何か被災地に出来る事が無いか
ずっと考え中な毎日だこの野郎!!


てな感じで、、、
久しぶりにブログを書くぞこの野郎!!


何から書いていいかわからないけど
まずは、、、

地震の野郎、、、
俺は悔しいぞこの野郎!!



3月11日。

地震の時、俺とつうま巨匠、それと宴舎マネージャーの係キャスターの3人で
青森県まで電車で向かっている途中だった。

俺達は、震源地から近い宮城県で地震を受けた。


メンバーも、俺達の情報量が少ない中、
ブログで俺達の安否を色々書いてくれてたけど

まあ、、、内容不足が多いかな、、、

けっこう過酷だったぞ、、、




3日間、避難所生活を経験した。

水道、電気、ガスのライフラインは不通で
携帯の回線はパンクして繋がらず、、、


1日経ったら、電波まで無くなった、、、



俺達が避難場所での光景以外で
外の状況を知れるのは

ラジオもかかっていたが、
地震速報と、避難者の生存確認メッセージが
延々と読み上げられていて

ちゃんと他の地域の情報を知れたのは
号外の新聞だった。、、、


それで津波の被害を知った。
ショックすぎた。



俺達がいた所はまだ
津波の心配が無かったから良かった事を知った。

予定はもう少し早い出発だったけど、いろいろあって東京出発が遅れて
結果、俺達がいた所は宮城県の白石だった。


これは後から知った事だけど
もしも1本早い電車だったら、もしも途中で特急に乗っていたら、、、

津波の被害を受けた地域に、モロにいたかもしれない。
特に、仙台や、松島あたりにいた可能性はすごく高かった。


本当に俺達は、不幸中の幸いだった。
嗚呼、酒、、、ありがとう。



、、、





ただ向こうで唯一、他の地域の情報を知れるその新聞では
あまりにも地元の千葉や茨城、そして東京等の情報が少なかった。


メンバーも、みんなも、
俺達の事で沢山の人が心配してくれていた事も
後から知ったけど。(本当にありがとう!)

俺達は俺達で、みんなの事が心配だった。


でも何も出来ず、周りがどうなっているかもわからないから
うまく出歩く事も出来ず、ただ救援物資を待ち
被災者の人達約200~300人と過ごす生活を送った。






3日目の朝、巨匠が言った。

福島までは歩けるだろう。
とりあえず、ここにいても事態は何も変わらない。
街に繰り出そう。
うまくいけばヒッチハイクも出来るはず。



今思えば、、、
すごいタイミングでの激ナイスアイディアだったぞこの野郎!!





係キャスターの妹が福島の郡山に住んでいた。
そこまでいければ、何とかなるかもしれない。

郡山まで約70~80キロ位。

確かに最近、雪の中半袖で約100キロのロッコクロックを達成した俺に
不可能はない。


ただ、青森まで、結婚式目的で出発してきていた俺達は
荷物が多かった。

キャリーバックが2つ、ギターが3つ、、、
その他、色々と荷物があった、、、ありすぎた、、、

とても荷物を持ってじゃ、何キロも移動は出来ない。





そこで作戦を組んだ。

そう!
2手に分かれる作戦だこの野郎!!

誰かが白石に残り、みんなの荷物を見ていれば
軽い荷物だけ持って街に繰り出せる!


そして郡山で車を借りて
車でまた白石に戻って来る。

そして残りの荷物を積んで、みんなで郡山に移動!


よっしゃこの野郎!
ここでついに、ロッコクロックの修行成果が出せるぞこの野郎!!





、、、





そんな感じで話は具体化し、、、







巨匠と係キャスターが
軽い荷物だけ持って街に繰り出し、福島に向かい

俺は避難場所で、みんなの荷物を見ている為に残った、、、






、、、






早くても、2人がまた白石に戻って来るのは翌日だろうと
思っていた俺は

荷物を守りながら、酒を飲んだ。


俺達は、酒、鮭トバ、青森に手土産で持ってきた芋ようかん
それとスルメイカだけ持っていた。

それを留守の間、ひたすら失敬した。



だが、彼らの帰宅は早かった。
約10時間で戻って来た。

俺はその時、、、
酔っ払って眠気と闘っていた、、、


嗚呼、、、2人ともありがとう、、、
そしてごめんなさい、、、








巨匠チームは、3時間位で歩いた所で
ヒッチハイクに成功したらしい。

さ、さすがだ、、、


てか、止まってくれた人、、、神だ、、、
あのガラの悪い2人をよく乗せてくれたぜ、、、





簡単にまとめたが
そんな感じで俺達3人は被災地を脱出した。

そして、電波が入り、携帯の充電も出来て
みんなと連絡が取れるようになって

黒澤メバル隊長に郡山まで機材車で来てもらって
無事、東京に戻って来れたわけだ、、、



あ、メバル隊長が何もわかっていない事も想定して
きちんとみんなに色々手配して調べてもらってたぞ!!

交通状況も、ガソリンスタンド状況も協力して調べてもらい
安全確認もちゃんとしてもらって、そして隊長に情報流してもらってたから
隊長も大丈夫だったぞ!





俺達はほんと、不幸中の幸いで
避難場所にはちゃんと救援物資も、給水車も来て
被災者みんなで仲良く分け合って過ごせたし

ケガや病気などもしないで
無事、こうして東京に帰って来れた。


あと1日遅かったら、、、
放射能問題、ガソリン不足、帰省車激減、、、

もしかしたらヒッチハイクも難しかっただろう。

あの時、巨匠がナイス判断をしてなかったら
多分、まだ被災地にいたと思う。



でも帰って来れた。
だから、前を見て頑張ろう。
そして、何か出来る事をしようと強く思う。

ほんとに向こうでは色々あったけど、今は日本中が大変な状況だから
振り返りに時間を使ってる場合じゃないし、一刻を争う事態だから
避難生活での話とかは落ち着いてからゆっくり振り返ろうと思う。


向こうでどんな生活を送っていたか、もっと知りたい人も
いるかもしれないけど、ごめん。

ホームページでアップされた、4月&5月のライブへの準備も
しなきゃならない。

マジで今はのんきに振り返ってる場合じゃねぇ!!




避難所で、一緒に生活をした地元の方々や行政の方々が
まだ震災地で頑張っているぞこの野郎!!

俺達だけ脱出して、、、
マジでそんな気持ちにもなる。




茨城出身メンバー達の実家も、その周りも
まだまだ大変だこの野郎!!

地元千葉も、俺の実家付近は大丈夫だったけど、
地域によってはすごい被害を受けているぞ!





みんな、、、

今回の地震、津波、原発事故、、、
ものすごく心配になり、不安になる毎日が続いているけど

こんなときこそ、焦らず、落ち着いて行動をしようぜ!



店は品薄状態、ガソリン不足、計画停電、、、、
いろいろ心配や不便はあるとは思う。

けど、震災の被害を受けた地域に比べれば
全然だって事だ!



人類皆兄弟!
思いやりを忘れずにいこうぜこの野郎!!





報道は俺たちにとって一番近くてリアルだけど、
そこには被害が大きいのに報道に映っていない地域もある。

避難所などの現状もほとんど報道されていないらしい。
救援物資も届いている地域もあれば、まったく届いていない地域もあるらしい。

、、、





まずは早くこの慌ただしさがなくなり、
みんなが幸せかつ平和に暮らせる日が来るように祈るぞ!!

日本この野郎!!

逆境に打ち勝つぞこの野郎!!

日本は負けねーぞこの野郎!!





そして、最初の方でも言ったけど
最近、ずっとメンバーと過ごしていて、

バンド作業を進めつつも、
音楽活動で何か被災地に出来る事が無いか
そんな事を最近毎日、メンバーとずっと話してる。


何か出来ることがないか探している。
何か力になりたいと思っている。



4月23日の隊長企画&5月7日のワンマン企画では
被災地に向けた事もしようと思っている。
てか、するぞこの野郎!!

具体的に決まったらまた報告するぞ!




その時はみんな
バシバシ協力お願いします!!















ケージェーでした!!