1995・1・17
5:46 それは突然起こった
阪神淡路大震災
私が被災者の一人である
シンガ-ソングライター【作人】くんに出会ったのは3年前の吉祥寺路上ライブ☆
作人くんの事は、岩手で活動していたアーティストさん繋がりで名前は知っていましたがなかなかライブに駆けつける事ができなくて

2009・2・7

やぁ~と会えたね!!
ってお互い感動したのを今でも覚えている

ブログでも岩手から来てくれてって書いてくれて嬉しかったなぁ

震災から16年目の今年、音楽活動を通じて神戸を活性化させることを目的とした作人くん主催のイベントが1・16にありました。
以下作人くんの日記より

1995・1・17
姉の死で気づいた身近にあるあたりまえはあたりまえではないんだという大切なこと
被災後数年は確かにかみ締めていたことなのに
時の流れとともに日々の生活の中で大切なことを忘れていた自分がいました。
この「作人の音がえし」という企画は当初は
その忘れてしまっていた大切なこと、自分が逃げていた震災と向き合うことで
想い返せた大切なメッセージをより多くの人たちに伝えたいという気持ちから
震災から15年目の一年間でできるだけ多くの場所にいき歌い
最終日に一万人規模のソロコンサートを開くという安易なものでした。
さまざまな人にめぐりあい、多くを学んでいく中でただ一回限りで人を集めるのではなく
ちゃんと毎年続けていけるような中身の伴ったものにしたいという想い
いつ無くなってしまうかわからないイベントではなく
人の心に息づく行事に近いものにしたいという気持ちが募っていきました。
「震災復興から生まれた元気を未来に伝え続けていく」
というメッセージが新たにうまれ
この1・16の日をみんなでつくり伝え続ける行事にしていくという意味もこめて
「みんなの日~元気を未来に~」
とみんなで名づけました。
僕自身が震災の経験で感じた家族や友人や日常生活など
あたりまえがあたりまえじゃないんだということ
家族や自分自身の命の重さ
なにもかもが生きていてこそなんだということ
あとは感謝
改めてこのみんなの日に歌いたいと想います。
作人くんは震災で亡くしたお姉さんに贈った歌
『Dear sister』
で2010・11・3にメジャーデビューをしています

命の大切さとともに、夢に向かって生きていく事をお姉さんに誓った歌です

本当はこの記事を昨日1・17に更新したかったなぁ

日本のみんながこの震災を通して、もう少し寄り添った社会になったらなぁって思う今日この頃

作人くんに出会って
命の大切さ
当たり前だと思っていたことが当たり前じゃないということ
感謝の心を忘れてはならないということ
たくさんの事を改めて教えてもらいました。
辛い体験を伝えるということにどんなに勇気をだしたんだろう…
作人くんが勇気をだして伝えるということを選んだ気持ちを考えると
ちっぽけな事で悩んでる自分がすごく情けない

作人くんから前を向いて歩く力をもらいました

いつもありがとう

昨年の9月に再会してからライブに駆けつけることができていないなぁ

また勇気をもらいに行くからね


