イベントを弊社も沢山させていただきました。

今後、選手を引退されても応援させていただきたいです・・・・。


パチンコ台もでますしね~♪





第5試合終了後、会場に「GRAND SWORD」が流れ、スーツ姿の小橋建太が登場。リングに上がった小橋は懐から手紙を取り出して読み上げた。
「まず最初に言っておきたいことがあります。一部で報道されたノアからの戦力外通知、解雇ということは一切ありません。
ですが、実は、4年前から左腕、左足が力が入らなくなっていました。医師からは緊急手術をするか、引退するか、どちらかを決めてほしいと言われていました。思い切って、手術をしました。
復帰を目指し、頑張ってきました。しかし、依然として状態は思わしくなく、ここにきて、完全復帰は無理だと判断し……(言葉に詰まった小橋に客席から「小橋」コールが発生)……引退することを、決意しました。でも、プロレスは、僕にとって命です。もう一度、もう一度だけ、リングに上がって、完全燃焼して、プロレス人生に、区切りをつけたいと思います。これからの人生、プロレスで学んだ不屈の精神で、一生懸命頑張っていきたいと思います。本当に、何もなかった自分が、ここまで来られたのも、皆さんの応援があったからです。自分では頑張れたと思います。皆さんに、皆さんに対して、本当に感謝の気持ちしかありません。でも、もう一度、もう一度だけ、自分のコンディションを作ってリングに上がります。その時は、一度だけよろしくお願いします。皆さん、本当にありがとうございました。自分がこんな風に引退宣言をする日が来るなんて思わなかったです。小橋建太に世代交代は無い、と言ってたから、こんな日が来るとは思わなかった。でも、時代は進んでいます。人間、こういう時は来ます。でも、これからもう一度、もう一度頑張って、この、充実したプロレス人生に負けない人生を進みたいと思います。どうもありがとうございました」
 小橋の引退表明に客席からは大きな声援やメッセージが寄せられた。小橋は四方に深々と礼をすると、たくさんの思い出や歴史が詰まった赤コーナーの前に立ち、観客の声援に応えながら花道を引き揚げた。

■会見全文
――最後に赤コーナーに立って頭を下げていましたが?
小橋「自分がこれ以上小橋建太のプロレスができないと、自分で判断した事なので。報道とかで先に出て不愉快な思いはしていますけれど、それはもう誰に言われた事ではなく自分自身で決めた事なので。報道がああいう風に出ちゃったので。無理矢理(引退を)決められたという感じで載っていたので、はっきり言って自分が決めたのだという事をはっきりさせたかったというのがあります」

――夏の手術を経て、状態ががおもわしくなく、それで引退を決意されたとの事ですが?
小橋「首だけじゃなくてヒザ、腰というのが首の影響からも完治しづらい部分があったんで。それ以外にヒザはもとから悪かったのにプラスして、首からの影響で力が入らないというのがあったんで。それで7月の両国大会でリキ(力皇)の引退セレモニーがあったんで、そこだけはどうしても出たかったんで。本当はそれ以前に医者は手術を薦められたんだけれど、そこだけは出たかったんで。
7月の終わりに手術をしました。骨盤から首に移植したんですけど、退院してからその骨盤がまっぷたつに割れるというアクシデントがありまして、ちょっとまたリハビリが遅れた
という事もありました」

――今日の挨拶中にも「辞めるな」とか「いつまでも待っている」という声がありました。
小橋「……やはり言葉が出てこなかったですね。何か言ったら……皆聞きたくないのかなって。聞きたくないと言ってもはっきり言って。でも、もう一回だけ(リングに)上がりたいと。それまでにはコンディションを作って、しっかり1試合だけやりたいですね」

――ご自身でも『(プロレスは)命』と言われたそのプロレスから離れるというのはいろいろな思いがあると思います。最後の一戦に向けてファンの皆さんにお願いします。
小橋「最後の試合もまだ全然決まっていないですし、手術して半年くらいしてから骨がつくと聞いているんで、コンタクトする練習はしていないんですけど、ウェート・トレーニングはもう始めてもいいと言われているんで、あとは骨がついてどれだけ動けるか。腕の神経、足の神経も来ていたんですけど、先生が『スポーツ選手として最悪な状態だ。小橋くんの場合はスポーツ選手(の基準で)だから言うんじゃない。普通のサラリーマンが来ても即手術だ』と言われたんですけど、自分も『はい、そうですか』と言うわけにはいかないんで、力が入らなくなってきているというのは分かっていたんですけど、そこは……。首だけは手術したくないというのはあったんですけど、ヒザも完治しないというのもありまして」

――最終的に7月に手術をして、引退を自分の中で決断したのはいつになりますか?
小橋「いつというのは分からないですけど、悩みにに悩んで……。引退というのは自分の中ではなかったんで。さっきも言いましたけど、『小橋建太に世代交替はない』と言っていましたけれど、時代は動いているんだなぁと思いますし、いつまでもできないんだなぁと」

――引退を表明しようと決意したのはここ1カ月での事でしょうか?
小橋「本当は年末までと思っていましたけれど、報道で解雇とかああいう風に出たのが自分自身では『ひどいな』と思いまして。自分自身の口からファンの人に言いたかったので、ああいう事を書かれるというのは残念でした」

――もう一回リングに上がれるメドというのはいつ頃になるのでしょうか?
小橋「しっかり骨も付いて事故のないようになってから。コンタクトの伴う練習はしないで欲しいと言われています」

――先ほど骨盤が割れたと言われていましたが?
小橋「
取った方の骨盤はセラミックを入れたんですけど、その辺りがまっぷたつに割れたんです。
まだひっついていないんです」

――最後の試合については誰とやりたいといった希望はありますか?
小橋「まだ何も。白紙です」

――今現在の体重は?
小橋「107、8キロはあるんじゃないですか。一時期より練習ができるようになったんで。左腕や左足が全く動かなかったんで。首が悪いというのは分かっていたんですけど、首を手術するっていう事の(引退を余儀なくされる)意味は自分でも分かっていましたので。左が力が入らないという事は右も練習できないじゃないですか? 体がだんだん萎んでいくというのは分かっていたんですけど、他人の何倍もやっていればと、そうしてやるしかないし、そうしてやっていたんですけれど、やっぱり限界というのはありましたけれど」

――食事の状態は?
小橋「食事は前に戻ってきています。腎臓の方はもうだいぶいいので。塩分にだけは気を付けています」

――引退に関しての未練はありますか?
小橋「報道ではなく自分自身の口から(引退を)みんなに言いたかったので、そこが無念です。でも苦しいです。まだやっと力が入るようになってきて、ウェート・トレーニングもやってきて。でも辞めなければならない。葛藤というのはすごくありますね。体が動くようになってきた。でも辞めなくちゃならない。
このヒザ、首、腰、ヒジ、肩。首をカバーしてやれる他の箇所がないのがつらいですよね。
もしあっても、そこに負荷がかかってるんでしょうけど。首を手術してくれた先生が、ボクと話をしていて『何を言っているんだ』という話をしていましたし(苦笑)、『こういう状態で手術をしているのにまた試合をしようとしているなんて考えられないよ』と言われたし。先生に『ボクはプロレスラーです。ボクはプロレスで生きてきたんです』と言いました。先生は常識の範囲で考えているでしょうけど、自分は常識の範囲では考えていないですからね(苦笑)。バカだと思われるでしょうけど、それだけプロレスが好きだった……まぁ、今でも好きですけど。いつだってプロレスの事を考えていましたし、急に辞めろって言われてもなかなか決断が付かなかったというのもありますし」

――今日はトレーニングはしましたか?
小橋「いや、今日はしていないです」

――また明日から始めますか?
小橋「そうですね。今日はちょっと時間も早かったんで。明日からまた普通の(トレーニングのある)生活に戻ります」

――辞めるという事を奥さまに告げた時に何かおっしゃっていましたか?
小橋「いや! それは何も言わなかったですね」

――今回の決断の前に病院の先生以外に誰か相談した人はいましたか?
小橋「いや、自分で決めました。やはり1番の原因は小橋建太のプロレスができなくなってきたというのがあり、その中で自分自身が(できない事を)許す事ができなかった。そういう試合ができない事を。だからもう1試合、最後の試合は左腕も左足も動くようになってきたんで、しっかり体を作って、みんなが悲しむような事がないようにしっかりやりたいなと。最後に完全燃焼して自分の25周年の最後にしたいですね。どうもありがとうございました