先日、こちらのブログで記載した

洲崎神社様(洲崎弁財天様)

に参拝致しました。

 

ご縁をありがとうございます。

 

実は、このブログで

「高知県洲崎市」と記載しました。

正しくは「須崎市」です。

 

ここに、訂正致します。

すみませんでした。

 

少々、言い訳?をさせてください。

 

戦国期は「洲崎」

と表記していた...そうです。

(角川日本地名大辞典・高知県 参照)

 

因みに、

洲崎(すさき、すざき、すのさきとも...)とは

洲が長く、河海に突出し、岬の様になった所...

(日本国語大辞典 参照)

 

まずは、この勘違いから始まった、

江東区洲崎(現:東陽1丁目)のお話を...

 

よろしければ、お付き合いくださいませ。

 

お読みいただいた方、ありがとうございます✨

 

 
赤い線で囲っている部分が
深川洲崎遊廓です。
 

水色丸は、洲崎神社(洲崎弁財天)です。

赤枠内に鎮座していませんね(^^;

 

但、明治から昭和に掛けて

東陽1丁目は

洲崎弁天町1丁目・2丁目と

呼ばれていました。

 

なので、恐らく

洲崎弁財天様は

現在と異する場所に

祀られていたのでしょうね...

 

それにしても

吉原遊廓に構造が似ていますね。

 

吉原と同様、入口(兼出口)は1箇所のみでした。

遊女さんの脱走を防ぐ為です...

 

大体、矢印の位置です。

 

 
近付くと、こんな標識があります。
 
 
(旧)洲崎橋を渡れば
そこは、深川洲崎遊廓です...
 
土地が下がっているのが
分かりますでしょうか...
 
 
この旅の事前調べとして、
複数のブログを拝読しました。
 
お世話になりました。
ありがとうございました。
 
そのブロガーさん達も仰っていましたが...
 
御衣黄、黄色い看板に目が留まりました。
 
明らかにですよね。
側にあるけれど…
 
・・・。