前回のブログで

佐々木淳平さん(カラオケ100点おじさんチャンネル)

カバーされた唄のyoutube動画を貼りました。

 

実は、古事記の下つ巻・雄略天皇の段に

近江の沙沙貴の山の君が祖、【韓帒】

についての記述があります。

 

私には

「偶然...」だと思えました。

 

なぜならば、御衣黄は

先生の志の高い教え子さんとは違い、

古事記を完読できておりませんので(^^;

 

つまり、鰹木の部分だけではなく

【雄略天皇の段】を通して読みなされ!

という、メッセージなのでしょうね...

 

琵琶湖旅の時から

変わらず、キツイですね。

 

ササキの神様に

嫌われているのかしら?

スパルタだよ.../ボソッ。

 

おばさん…

ご助言に捉えなさい!

仕事♪仕事♪

 

他者様からの戴きモノ(お菓子)が

報酬?ご褒美?なのでしょうね...


勿論、全てではないです。

何となくですが

このお菓子は、買わされたのだろうな…

と直感する様になりました。

 

只、受けとる度に

これで良いのか…

不安になる時もあります。

 

沙沙貴(複数表記有)の山の君は

沙沙貴神社と関係があるそうです。

(国史大辞典参照)

 

「の」は、重要な手がかりです。

ここで、分解して考える様です...

 

つまり...

 

・沙沙貴(篠笥)→地名

(角川日本地名大辞典参照)

 

・山の君→朝廷の直轄地である山を管理し

産物を貢納する山守部を管掌した氏族

 (立命館大学父母会HP参照)

 

なるほどねぇ~。ね...(笑)

茸、栗...山の恵み...

 

一方、安曇氏は、海産物でしたよね。

 

・・・。


お読みいただいた方、ありがとうございます✨

 

今回、調べている過程で知ったことが...

 

雀部・鷦鷯部を(ササキベ)と

読ませる様です...

 

臣姓の時(応神天皇の時代)、仁徳天皇に代わって

御膳(みけ)を掌ったようです。

 

その後、膳部(かしわで)

を任ぜられた(=職種化した)そうです...

 

詳しくは、お調べくださいませ。

 

だから、沙沙貴神社に

仁徳天皇が合祀されていたのですね...

 

2019.8の琵琶湖旅の時は

分かりませんでした(^^;

 

それから、ササゲは

朝鮮半島(史実では当時、日本だったのよね)から

渡ってきた...と推察します。

 

近江の沙沙貴の山の君が祖【韓帒】

「韓」が、そう思わせるのですよね...

 

誤解を招くと、嫌なのですが...

 

私は、常に、平和的解決を祈っています。