・加茂岩倉遺跡

ここが、遺跡の入口です。
39(サンキュー❤️ふざけて、すみません。神聖な感じがしました。)個の銅鐸が出土された、現場へと、坂を登って行きます。

入れ子(小型鐸を大型鐸に入れた状態)で、埋納されていたのが、特徴だそうです。 
私は、交合を表現していると思いました。勝手な推測ですが、複数人(男も女も)との共寝をOKとしていたのかな?(多産が良しという考えが根底にあったでしょうから。)自分達の価値観に対する意地、新しい価値観に対する抵抗、を心中で感じました。

そういう、先人の葛藤があったからこそ、「今」があるのでしょうね。
皆様が、最期まで敬愛できる、一人の方と添い遂げられます!様に、、、。

因みに、14個の銅鐸に×印があったそうです。
うっん?荒神谷遺跡の銅剣は、 14本に、×がなかったのですよね。
14。偶然なのかなぁ?もうこれ以上、出土するコトはないのだものねぇ、、、。(生き残ったヒトの数?五芒星?心の声より。)
実は、上記のコトも含め、ボランティアガイドさんと話し込みました。
そのガイドさんに、入れ子について、意見を求められましたが、勿論!共寝の件は口に出していませんよ。
オバさんだけど、さすがにそんな話しは、、、。 
当たり前よ💢全く!!!

「分かりませ~ん!」と言っておきました(笑)
ガイドさんに、素人の私が、一方的に話してしまい、すみません。と言われました。
でも、私はとても嬉しかったです♪貴殿の洞察力と知識に、驚かされました。
それに、外は37℃。涼めたので、ありがたかったです♪
この銅鐸を製作されたそうです。
伝わりにくい写真ですね。キレイなピッカピカ✨✨✨の10円玉をご想像ください!(普段、酸化銅をよく目にしているので、とても驚きました。♪♪♪)

こちらが、出土された時の銅鐸の写真?です。
本物の銅剣、銅鐸等は、古代出雲歴史博物館(出雲大社近く)で、見られます。
次回があるのでしたら、ぜひ行きましょうよ~。と空気中に、放った。
・・・。
因みに、写真上の27号銅鐸と、南あわじ市の銅鐸が、同笵であると、分かったそうです。
鋳型が一緒なのですよ~。驚きです!

お読みいただいた方、ありがとうございます✨

急に、展示室に飾られた、ある写真が気になり、現場へ行くコトにした。

つづく