信仰ある人々に出会えば、「私は信仰する」と言い、仲間の悪魔共だけになると、「私たちは君たちの味方だ。ちょっとからかってやっただけさ」などと言う。神こそ彼らを愚弄するだろう。そして、彼らの頑なな不信をますます頑なとし給えば、彼らはただ当て所なくうろたえ回ることだろう。彼らは神のお導きを売り飛ばして、それで迷妄を買い込んだ人々。だが彼らもこの商売では損をした。目算どおりには行かなかった。
彼らを例えてみようならば、せっかく火をともして、辺りが明るくなったと思う途端に、神がその火を消してしまえば、暗闇の中に取り残されて目の見えぬ男のようなもの。耳が聞こえず、しゃべれず、目が見えないものだから、引返そうにも、そうできない。






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また人によっては、「我ら神を信じ、最後の審判の日を信じたてまつる」などと、口先で言う者がある。実は全然信じていないのに。そのようなヤカラは、神と、まことの信者達とを騙そうとかかっている。しかし実は、我と我が心を騙しているにすぎないのだが、それに気づきはしない。彼らの心の中には病が宿っている。
願わくば、神が、その病患をますます悪化させたまわんことを。彼らはやがて、ひどい懲らしめを受けることになるだろう、ウソをついた罰として。彼らに向かって、「地上で悪いことばかりするな」と言えば、彼らは、「わしらは、世の中を良くしようとしているだけだ」などと言う。何で何で、彼らこそ、世の中を堕落させる者共だ。だが、自分では、それに気づいてはいない。また彼らに向かって、「信仰せよ。みんなが信仰しているように」と言えば、「阿呆どもの真似をして信仰しろと言うのかね」などと言う。何たることか。自分たちこそ阿呆ではないか。
だが彼らには、それが分からない。





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