アルバートは世界展開にも尽力し、1920年、社名をA.MONNICKENDAM.LTDに変更しました。
ニューヨークの5thアベニューに支社を設立し、モニッケンダムダイヤモンドは、世界へと羽ばたくことになります。
この出来事により、ダイヤモンド婚約指輪の作製へと波及し、後にモニッケンダムが、婚約指輪にダイヤモンドを付けてほしいお客様のニーズに応えるようになります。
アルバートの数多い功績の一つとして、近代的な工場の設立が挙げられて、ブライトンに作られた工場は、以後のダイヤモンド産業の模範として高く評価されました。
アルバートは、高品質のダイヤモンドの条件となる、上質な原石の見極めにも優れています。
1929年、デビアスがCSO(中央販売機構)をロンドンに設立した際、最初に原石を入手しています。
モニッケンダムダイヤモンドを、世界中の名門ジュエラーに提供できる体制を整えて、ダイヤモンド婚約指輪の作製がしやすくなっています。
モニッケンダムでは、ダイヤモンドのカラーおよび、クラリティの品質をグレードで示す格付システムを、世界に先駆けて実施しました。
カラーはアルファベットのAから、クラリティは数字の1から、明確な基準で表示しました。
現在グレーディング基準4Cで、カラーのグレードがDから始まっているのは、モニッケンダムによるAから始まるグレードへの敬意からだと言われています。