東京新聞連載シリーズ「沖縄は復帰したか 40年の実像」が興味深かったのでご紹介。

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2012年5月13日 沖縄は復帰したか 40年の実像 ③

実態のない兵士を移転
米軍再編のからくり

Franciscusのブログ(仮)-米軍再編のからくり


 米国防総省が作成した「基地構造報告書」。世界中の米軍基地の不動産が一覧表になっている。「基地ごとの兵員数は戦力そのものな

ので米軍も明かさない」(沖縄県基地対策課)はずだが、報告書には基地ごとの兵員数が一桁まで明記されている。
 最新版の2011会計年度(10年10月~11年9月)の報告書で沖縄の海兵隊をみると、兵員数が3,000~4,000人と多い基地は、

第三海兵遠征軍司令部のあるキャンプ・コートニー(うるま市)や後方支援部隊のいる牧港補給地区(浦添市)だ。
 実戦部隊がいるキャンプ・ハンセン(金武町)は06会計年度に846人いたが、その後はゼロ。調査が行われた時点で海外へ行って

いたのか。同じく実戦部隊のキャンプ・シュワブ(名護市)は、11会計年度1,231人だった。
 4月下旬、キャンプ・ハンセンの第一ゲート前にある飲食街を訪ねた。金武町社交飲食業組合の山川宗仁組合長は「はっきりいって不

景気。にぎわったのは昔の話だ」。初老の米国人は「中の兵士はとても少ない。それ以上聞くな」。と語気を荒げた。
 バーを経営する宮城エツさんは「韓国やキャンプ富士(静岡県)に訓練に行っているのかもしれない。昔は2,3年交代だったので『ママ帰ってきたよ』と顔を出す兵士もいたけど、今は半年で移動になるみたい」。
 さらにに北部のキャンプ・シュワブに隣接した名護市辺野古の飲食街。廃業して久しいと分かる店舗跡が並ぶ。ベトナム戦争当時、売上金のドル札を麻袋に詰め込み、いっぱいになると店の裏のドラム缶に移したという繁盛話は、もはや伝説だ。
 辺野古商工社交業組合の飯田昭弘組合長は「基地に500人いるかどうか。兵士が来ないので寂れるばかり。国の方針で情報・金融特区ができたが、遊ぶところもないから人が住み着かない」と嘆く。
 06年に日米合意した米軍再編では、グアムに移転する海兵隊は司令部と後方支援部隊とされた。元沖縄タイムス社会部長の屋良朝博氏は「定住している海兵隊は司令部と後方支援部隊なので、グアム移転が実現すれば、沖縄から海兵隊は消えると歓迎していた」という。
 しかし、先月公表された米軍再編を見なおした中間報告は、司令部と後方支援部隊は沖縄に残し実戦部隊をグアムに移転させる、と内容を一変させた。
 屋良氏は「実戦部隊はローテーション移動するか、半年交代で船に乗っている。最初から沖縄にいない兵士をグアムに移転させるというのが今回の中間報告。沖縄は何も変わらない」と批判する。
 実体を伴わないグアム移転にもかかわらず、日本が米国に支払うグアムの施設建設費は28億ドル(約2,200億円)が維持された。政府、沖縄双方にとって事実上の負担増が決まった。

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