あの日から、もう15年か…
フィギュアスケートにとって愛知県は山田満智子先生始め、伊藤みどりさん、浅田真央さんなど、ゆかりのある地だが、宮城県仙台もフィギュアにゆかりがある。
荒川静香さん、千葉百音ちゃん、佐藤駿、そして我らが推しの羽生結弦さん。
2011年3月11日。
みんなあの時どうだったのだろう。
何処にいてどうやって生き抜いていたんだろう。
特に今年20歳の千葉百音ちゃん、5歳で被災したのか…
怖かったろうな…
YouTubeの動画で見たけど、確かに津波の映像もすごいが、地震の揺れがすごい…
遠く離れた愛知の免震ビルで揺れただけの私もビビりまくってたけど(多分震度4程度)、現地はあんな事になっていたのか…
東京でさえ、あんなに揺れて…(東京震度5弱だったっけ)
羽生さんはテスト休みの日でアイスリンク仙台で練習中に被災。
避難所で家族で過ごした。
これはよく知られた事。
詳細はエッセイ本に詳しく書かれている。
その後、チャリティアイスショーを開催したりしたけど、やっぱりスケートを続ける事に戸惑っていたそう。
そりゃそうだよね。
日本中がとんでもない事になっているのに自分がやりたい事やっていいのかって思うよね。
17歳と云えど、将来を有望視された選手にとってはつらかっただろうと思う。
そして本日、アイスリンク仙台で鎮魂の舞の羽生さんをテレビで見ました。
実は動いている羽生さんを見るの、久しぶり。
私の生涯の推しがまだそこにいてくれてよかった。
―地元仙台が大好きな羽生さん。被災地にかなり寄付している。
それを美談だという者もいるけど、彼もガチで被災してるんだよ。
そして、スケートを含む様々な事で得た利益をいまだに寄付。
やっぱり地元を守りたいのだろうか。
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もう15年というけれど。風化させないようにというけど。
忘れないよ。
少なくとも私は一生私は忘れない。
被災したわけではないけれど。
某D社の免震ビルの9階での揺れは今思い出しても怖いよ。
あの頃は自体を残しておく媒体があったし。携帯やカメラ、ビデオなんか。
それらをいつでも見れるような状態にしておく事。
先進国のはずの日本の半分くらいのインフラが機能しなくなって、福島第一原発の放射能で自分の家にいられなくなる人もいたり。
日本を変えてしまったあの日の出来事。
犠牲になられた方のご冥福をお祈り申し上げます。