80年代の音源は、レコードとカセットテープでした。ラジオで知った曲を、レコード店に行って購入し、レコードを再生しながらカセットテープ録音して車で聴くということが一般的でした。カセットへの録音は友人に頼まれ分も作るのですが、再生しながら録音ですから、それなりの時間が掛かるのですが、その時間を、人のための時間を楽しんでいたように思います。車の窓に色は入っていない時代ですから、自分でスモークフィルムを貼るのですが、上手く貼れた僕の車を見て、友人達が「俺のもやって」と言われて、カツ丼一杯のお礼で喜んで引き受けていた記憶があります。1台分のフィルムを貼るのには、4時間ほど掛かりますが、やはり人の為の時間を楽しんでいたように思います。
CDの時代を過ぎ、サブスクになり、必要な曲は、店に行かずにすぐにでも聴くことができます。この便利さに気付いて、それまで持っていた1,000枚を超えるCDはすべて売ってしまいました。レコードは、80年代に買ったものを保管してありますし、80年代と同じように聴くことができる環境を揃えていますから、時々、レコードで音楽を聴くことがあります。
最近は、アーティストの過去の作品を、レコードで再リリースする動きが強まり、なかなか良く売れているようです。CDが売れない時代ですから、かつてレコードで聴いていた世代には訴求力があり、想い出補正もあって「やっぱりレコードの音は良いよね」なんて言ったりもします。レコードの方が再生帯域の関係で耳に優しいことが良い音だと言われるのでしょうが、それは良い音ではなく「好きな音」なのだと思います。同じ曲を聞き比べるとレコードの音は「しなやか」です。低音の落ち具合が、高音の伸び方が実にしなやかです。解像度は、デジタル音源には遠く及びません。何より懐かしのレコードで聴いているという脳内補正が加わってのことだと思います。僕も80年代のSANSUI AU-α907という、しなやかで余裕のある音が出るアナログアンプを用意してレコードを聴いたりもします。でも、どうして一度終了したレコードを売ろうとするのでしょうか。「売れるものなら何でも売る」と歌われた浜田省吾さんの「僕と彼女と週末に」のように、そうして安易な方法を否定した浜田省吾さんでしたが、最近は過去の作品をすべてアナログレコード化して販売しようとしています。44年以上の浜田省吾ファンですが、ちょっと幻滅しています。それでもCDの時代に発表され、アナログレコードは存在しなかった90年代以降のアルバムの中で、名盤「EDGE OF THE KNIFE」だけはアナログレコードを買いました。優れたジャケットデザインを30cm四方の大きさで見たかったですし、CD時代の曲をアナログレコードで聴くとどうなるのかを確かめたくて。聴いてみると、優れたMixingのダイナミクスが失われ、これをレコードで聴く理由は見つけられませんでした。やはり「昔は良かったよね」という想い出補正の入ったノスタルジーを利用した商売でしかないと感じました。
皆が生き残るために必死の時代です。
80年代は、こんなに必死にならなくても、それぞれが成り立っていたように思います。とても豊かな時代だったのだと痛感しています。
あの頃、浜田省吾のレコードを買うと、自分の分は後回しにして、まずは彼女に渡すためのカセットテープを録音していました。FMStation付録のインデックスカードにアルバムタイトルと曲名を書いて渡していました。
君はあの時のカセットテープを持っているだろうか。
浜田省吾さんの曲を二人で一緒に聴いたことを覚えているだろうか。
今でも浜田省吾さんの曲を聴いているだろうか。
