南三陸町細浦
志津川から45号線で少し北に行った小さな漁村だ。
ここの寺が津波に飲み込まれて全壊した。

$Route 45  ~宮城から~-お寺


本堂を寺の裏山へ建て替えるため、山を削って平らにする作業をしている。
取りあえずは、仮設のプレハブを仮の本堂として使うらしい。

津波がここまで来たんだよと指差した先は、二階の屋根の軒先だった。
幸いにも、建物は残ったので、大工さん達が忙しそうにリフォームの工事を昨日までしていた。
今日は大工さんは来ないんですか?と尋ねたら、連休最終日だから家族サービスだって。と和尚。

そう言えば、この連休は子供達をどこにも連れて行ってやれない。
来年は絶対にどこか遊びに連れていってやる。

さて、この和尚さんの家は、目測でざっと海面から14~6メートル高い所にある。
てことは、津波は20メートル近くまで上がったのだろう。

$Route 45  ~宮城から~

防波堤も港の施設も、みんななぎ倒され地盤は沈下し、瓦礫があちこちに散乱している。
今日は大潮で、いつもなら潮干狩りが出来るほど潮が引くこの海岸も、
今では水没したままだ。
地震と津波で海底が沈下し、水深が深くなったのだ。

Route 45  ~宮城から~

Route 45  ~宮城から~

Route 45  ~宮城から~

防潮堤の傍に日の丸と鯉のぼり
$Route 45  ~宮城から~-日の丸と鯉のぼり


さぁ、明日はいよいよ整地と法面整形作業が終わる。
Kさんに、「ちゃんとした技術者に来てもらって助かったよ、あんた腕がいいなァ」と言ってもらい、
お世辞でも心底嬉しかった。

被災地の解体工事と聞いてやって来たが、蓋を開けてみると宅地造成の仕事だった。
まぁ、どちらかと言えば土工事の方が本職な俺である。

$Route 45  ~宮城から~-土工事

お寺の仮説の本堂(プレハブ)を建てるための整地作業を二人でやっている。

相方はKさん65歳

Kさんは家と車を流され、避難所に4日寝泊まりした後、
娘夫婦の家に世話になっていると言っていた。
娘の家といえど、とても肩身が狭いらしい。

津波で流されたのは築10年の家だったそうだ。

「夢も希望も無くなった」

その話の終わりにそう言っていた。
いよいよ宮城での初仕事の日。
行き先は南三陸町。
何度もテレビやYouTubeで見てる、あの防災庁舎のある町だ。
朝5時起床、5時半に朝食を摂り宿を出た。
元請けさんの資材置き場で作業員さんと6時十五分に待ち合わせだった。
石巻から南三陸町までは、一時間半と聞いていたが、
走り慣れない峠道の連続で現場近くまで来たのは8時を少し過ぎた頃だった。
そして、そこで事件は起きてしまった。やっとの思いで現場が見えてきた頃、トラックの後ろからギリギリと音がする。

瞬間的にパンクだと分かったが、信じたくない。
地元から500キロも離れた始めて来る場所で、回りは何もない田舎。
というか、あったとしても津波で何もかも無くなってしまった南三陸町である。
誰も知らない町で、同伴者は初対面のおじさん。
頭の中が真っ白になりつつも、とにかくバックホウをトラックから降ろした。
そうこうしてるうちに、近所の漁師さんたちが集まってきて、周りを取り囲まれた。
「邪魔な所に止めちゃってすみません、パンクしちゃって」
と事情を説明すると、直ぐに近くの修理屋を紹介してくれた。
津波で何もかも失った漁師さん。
茨城から来たマヌケな俺に優しくしてくれて本当に有り難う御座いました。

$Route 45  ~宮城から~-パンク

幸い、パンクは外側だけで内側のタイヤは少し甘いながらも何とか走れそうだった。
てか、ばっちり釘が刺さってました。
思えば南三陸の見渡す限りの瓦礫の中、狭い道路を走っていた時に、
対向車とすれ違うために瓦礫ギリギリまでトラックを寄せたのだった。
きっとあの時に釘をふんずけたのだろう。

修理屋さんに辿り着くと、そこは運送会社だった。
突貫で作ったようなドラム缶にスプレーで書いただけのパンク修理の看板がある。

$Route 45  ~宮城から~-どらむかんばん



電話で行く旨を伝えておいたので直ぐに修理に取り掛かってくれた。
漁師さんの話では、被災地に入ってくる車があまりにもパンクするので、
本当は自社の車だけ直していたそうだが、修理の依頼を受けるようになったそうだ。
よかった、パンクで泣いたのは俺だけじゃ無かった。

結局は、破けたチューブを交換するにもタイヤ屋さんが休みなのでチューブを手にいれることが出来ず、
スペアタイヤへ交換して作業は終わった。
途中、荷台に額をぶつけたらしく、たんこぶが出来てそこから血が出ていた。

茨城から来たアホのせいでごめんなさい。

そんなこんなで現場で作業を始められたのは10時くらいになってしまった。
作業を終えて東松島の拠点に戻った時はクタクタに疲れ果てていた。