いよいよ一週間ぶりの帰宅の日。
朝から荷物をまとめて、お昼に来る従業員との交代に備える。
時計を見るとまだ8時半だった。
この1週間ずっと拠点と現場の往復しかしていなかったから、一度石巻の状況を見たいと思っていた。
隣町だし、近距離の移動用にと持ってきたオフロードバイクで出かけることにした。

久しぶりの休日、快晴、大好きなバイクに乗れる。
少し不謹慎かなと思いながらも、石巻の港方面を目指してバイクを走らせる。
南三陸町の現場に向かう途中、三陸道から見えた大きなクレーンの傍まで来た。

$Route 45  ~宮城から~-クレーン


この写真の反対側は住宅地だ。
押し寄せた津波に街はめちゃくちゃに破壊されている。
Route 45  ~宮城から~-街並み

Route 45  ~宮城から~-崩壊

黒く淀み異臭を放つ川。
$Route 45  ~宮城から~-黒い川

工場やJRの貨物列車も軒並み破壊されていた。
Route 45  ~宮城から~-工場
Route 45  ~宮城から~-JR

この付近は未だに信号が復旧しておらず、警官が各信号で交通誘導をしている。
そのまましばらく走ると門脇町だ。

県道240号線を女川方面に向いて左側が燃えた車両の山、右側は瓦礫の荒野。
Route 45  ~宮城から~

Route 45  ~宮城から~

Route 45  ~宮城から~


もはや行けども行けども、こんな景色が延々と続く。
日本中の建設に関わる業者を呼んだって、足りないんじゃないかと思うほどだ。

ふと携帯で地図を見ると女川町が近いことを知り、時間に余裕があったので
足を延ばして見る事にした。
県道を直進し国道398号線に出ると、浜松町に入る。
この辺一帯も例に漏れず津波の被害にあっているのだが、辺り一面糞尿の匂いが酷い。
何故、道路が濡れているのかと疑問に思っていると、マンホールから汚水が吹き出していた。
近くで子供たちが遊んでいたが、衛生面で心配だ。

そのまま右側に海を見ながら直進すると、程なく女川町に入った。
高台から見下ろす形になり、被害の酷さに見入ってしまった。
$Route 45  ~宮城から~

時間的に戻らなきゃならなくなって来たので、港を1周して帰る事にした。
女川町港周辺
Route 45  ~宮城から~

Route 45  ~宮城から~

Route 45  ~宮城から~

$Route 45  ~宮城から~


帰路を確認するため、地図を見た時だった。

牡鹿コバルトライン
牡鹿半島の稜線を走る、県道220号 牡鹿半島公園線。

女川の港からは県道41号線を海沿いに走れば良い。
そのまま220号線に繋がるので、戻って国道398号線に出て帰れる。

昼間では1時間半ある。
せっかくここまで来たので、どうしてもバイクで走ってみたい。
茨城からバイクで宮城までなんて1泊じゃないと考えられないから、きっとこのチャンスを逃したら
二度とバイクで走ることは無いであろう、この峠道。
ガソリンはある。時間はギリギリだが、行って見る事にした。

結果的には、この判断は超大間違いだった。

とても古いヤマハセロー225 動かなくなってしまったのを譲ってもらい、直して乗っている。
Route 45  ~宮城から~

道はとても悪い。
家に置いてきたCB1300じゃ、とても走る気にはならない。
でも、景色は最高です。
本当に震災前に来なかったのが悔やまれる。
Route 45  ~宮城から~

Route 45  ~宮城から~


久しぶりの峠道をどんどん進む。
途中、電線を張り直してる電気屋さんの大群と遭遇する。
自衛隊も捜索作業を行っていた。
女川原子力発電所の看板を通り過ぎ、もう少しでコバルトラインに乗れるはずだった。

そこで目にしたのは「車両通行止め」の看板。

まじですか

タダでさえ、時間ギリギリなのに今から戻れと?
もっとずっと手前で看板出さなきゃいけないんじゃないの(泣

こうなったら仕方ない、Uターンすると、帰路を急いだ。
ふと、なんだか暗いなと山の頂を見ると雲が低く垂れこめている。
嫌な予感は的中し、土砂降りの雨となった。
山の天気は変わりやすいと言うが、関東の天気の変わり方とえらい違いようだ。
拠点に戻ったら着替えないと風邪をひく、とても寒い。

ようやく女川町まで戻ると、国道398号を石巻方面へバイクを走らせる。
そこで、また事件は起きてしまった。
バイパスと旧道の交差点に差し掛かる手前でエンジンが止まってしまったのだ。

土砂降りの中うんともすんとも言わないセロー
$Route 45  ~宮城から~



自分のついてなさを呪いながらタバコを1本吸うと、ダメなのは分かりつつもセルを回してみた。
するとエンジンが掛かるではないか。
なんだかよく分からずとにかく走らせるが、500メートルも走るとまた止まってしまう。

こりゃキャブ詰まりだなと、思えば携行缶からガソリンを補給したのだった。
その時にゴミが入ったのだろう。
とっくに到着してる会社の人に救援を呼びつつ、ダマシダマシ走ると2人の人が大丈夫ですかと
声を掛けてくれた。
困っているときの優しい言葉は、五臓六腑に染み渡りますね。

その後、無事に会社の人と合流して事なきを得ました。
結局、13時頃に茨城に向けて出発するつもりが、17時半出発となり、到着したのは22時半となりました。
それでも、子供たちが起きて待っていてくれて、パパが帰ってきたと大騒ぎ。
1週間も家を空けることなんて初めてだったからなぁ。




昨日、予定通り造成作業が終わり、
追加でやることになった砕石を敷き均す作業に取り掛かった。

取り掛かるはずだった。

そう、いつもの緊急追加工事が発生。
敷地の外周全部に土側溝を掘ってほいしと頼まれた。
ついでに、自宅の裏も整地して砕石を敷いてくれって。

オーケーオーケー、もっと持ってこい。
もう茨城には帰らんぞ。


でも、来週は残してきた仕事でどうしても茨城に帰らなきゃならん。
切削オーバーレイの現場の竣工検査だ。

気を取り直して黙々と作業を続けると、
夕方にはあらかた終ってしまった。
これで、何とか予定通りに明日茨城に帰れる。

本当は、きちんと全部終わらせてから来週から来る会社の人にバトンタッチしたかったが、
まぁしょーがない、ちゃんと引き継ぎして帰らねば。

いやー、やっと明日風呂に入れる。
子供の顔も見れる。
嫁さんの温かい手料理も食える。
楽しみだな、事故にだけは気を付けて帰ろう。
今回の仕事は、図面も何も無い。
まぁ、個人のお客さんだとよくある事だ。
しかしこの和尚、当初の予定なんか完全無視で内容を変更してくる。
最初は3日の予定だったのに、あっちもこっちも次から次へと追加工事のオンパレードだ。
今日で4日目だが、後2日は掛かる予定だ。
仕事があるのは良いのだけれど、4日か5日後には一旦茨城に帰る予定でいたから、長引くのは辛い。

いや、だって、ずっと車中泊なんだもん。
5日も風呂に入ってないし。

何の準備もせずに宮城に来ちゃったから、本当に不便で仕方がない。
ホント、嫁さんの有り難みがよくわかります。

和尚さん、早く俺を茨城に帰して下さい。

あ、そうそう、いくらなんでも車中泊なんてみっともないからKさんには隠していた。
でも、まともな生活してないのが何となく分かったのか、色々と心配してくれる。
朝飯は食ってるのか?とか、一服のお茶は用意してあるのか?とか。
自分だって被災して大変なのに、いいですよ俺なんかの事気にしないで下さいよ。

ある日、朝飯にとパンと野菜ジュースを頂いた。
なんかね、朝、家を出る時にアイツ(俺)にと、弁当袋にパンと野菜ジュースを詰めてる
Kさんを想像したら、ウルっと来てしまった。

震災前に一度訪れたかった。
とても海が綺麗な所です。
$Route 45  ~宮城から~