自分音楽史 第五回 小学校高学年
初めて楽器を演奏できるようになって、それまで押し込められていた、音楽好きの性向が表に現れるようになってきた。
どうしてか、僕は子どもの頃から妙に老成したところがあってね。秋の夕日なんかをみながら「ああ、なんと趣深いことだなあ(とは言わなかったけど)」なんて、感傷にひたったりするところがあった。
そういうおりに、それまでは特に何かでそれを表現するということは出来なかったんだけど、ハーモニカをおぼえてからは、おもむろに懐(じゃなくてポッケ(笑))から取り出しては、吹いてみたりなんかするようになったんだな。壁の薄いアパート暮らしだったから、きっと近所迷惑だったことだろうが、周りの大人たちはそれで目くじらをたてるようなこともなかった。
あの頃の子どもの扱いってのは、今のように手厚くはなかったかわりに、少々のことは放っておいてくれて、子どもはそれなり自分なりに、ちゃんと世界を作れていたんだ。怪我をしたって「唾付けとけ」と言われたし、悪さをすれば、まっさきに親に張り倒された。でも大人はすごく余裕があってさ、子どもの言うことなんかでオロオロおたおたなんて、絶対しなかったんだよ。ま、それは余談。
その後、小学校も高学年になると縦笛が配給されるわけですよ。ソプラノリコーダーってやつだね。これがまた、気に入っちゃってね。ハーモニカとは音の出し方が全然違うから最初はまったく出来ないんだけど、もうすでにハーモニカの成功体験があるから。練習すりゃあ出来るっていう気持ちでいるし、現にしばらく吹いててコツをつかめば、まあまあ吹けるようになるんだよね。
リコーダーの澄んだ音ってのは今でも好きで、綺麗だなと思うんだけど、当時もいい音だと思ったな。
それに加えて、学校の授業ではパートわけをしたりして、リコーダーの二重奏なんかをやらされるわけ。これがもうツボにハマっちゃって。ものすごく楽しい。
気がついてみると、どうやら僕は楽器にしろ歌にしろ、そういうふうにパート分けて一緒に演奏するってのがすごく好きらしかった。
忘れてたんだけど、その伏線は、実はもっとずっと以前にあったんだ。
どうしてか、僕は子どもの頃から妙に老成したところがあってね。秋の夕日なんかをみながら「ああ、なんと趣深いことだなあ(とは言わなかったけど)」なんて、感傷にひたったりするところがあった。
そういうおりに、それまでは特に何かでそれを表現するということは出来なかったんだけど、ハーモニカをおぼえてからは、おもむろに懐(じゃなくてポッケ(笑))から取り出しては、吹いてみたりなんかするようになったんだな。壁の薄いアパート暮らしだったから、きっと近所迷惑だったことだろうが、周りの大人たちはそれで目くじらをたてるようなこともなかった。
あの頃の子どもの扱いってのは、今のように手厚くはなかったかわりに、少々のことは放っておいてくれて、子どもはそれなり自分なりに、ちゃんと世界を作れていたんだ。怪我をしたって「唾付けとけ」と言われたし、悪さをすれば、まっさきに親に張り倒された。でも大人はすごく余裕があってさ、子どもの言うことなんかでオロオロおたおたなんて、絶対しなかったんだよ。ま、それは余談。
その後、小学校も高学年になると縦笛が配給されるわけですよ。ソプラノリコーダーってやつだね。これがまた、気に入っちゃってね。ハーモニカとは音の出し方が全然違うから最初はまったく出来ないんだけど、もうすでにハーモニカの成功体験があるから。練習すりゃあ出来るっていう気持ちでいるし、現にしばらく吹いててコツをつかめば、まあまあ吹けるようになるんだよね。
リコーダーの澄んだ音ってのは今でも好きで、綺麗だなと思うんだけど、当時もいい音だと思ったな。
それに加えて、学校の授業ではパートわけをしたりして、リコーダーの二重奏なんかをやらされるわけ。これがもうツボにハマっちゃって。ものすごく楽しい。
気がついてみると、どうやら僕は楽器にしろ歌にしろ、そういうふうにパート分けて一緒に演奏するってのがすごく好きらしかった。
忘れてたんだけど、その伏線は、実はもっとずっと以前にあったんだ。