ホリエモン@近畿大学

卒業して就職してから「仕事と報酬、待遇」について疑問を持つようになった。
世の中はもっと健全でしっかりしたモノだと思っていた。でも違った。特に仕事・会社。

似たような感覚を両親にも覚えたことがある。
厳格な父、しつけにうるさい母。そんな両親の下で育てられた自分は「両親=絶対的存在」だと思っていた。

父親はスーパーマン。何でも出来る。3桁の掛け算だって暗算でやってしまう。
広く浅く何でも知っている。非常に博学。何を聞いても答えが返ってくる。
通知表はオール5でバスケ部キャプテン。スポーツ万能。

まさに幼い時の自分にとっては絶対的な存在。神様。

でも自分が高校・大学と進学するに徐々に「あれ?親ってこんなレベルだったの?」
と思うことが多々出てきた。そこには意外と努力が出来ない親の姿であったり、不得意な分野を見せる親であったり。

社会・会社も似ている。

会社に入って最初に思った事は
「この程度の仕事でこんなにお金貰っていいの?」
次に思った事は
「この程度の作業なら別に大学・大学院を出ている必要は無いのでは?」
その次には
「自分の待遇がいいのは良い大学を出た という事実がそうさせている」


つまるところ、高収入・安定・大企業というのは
仕事が出来る、専門的な知識を使っている
というような事実に基づくものでは無いに早々に気づいてしまった


自分は世の中に価値を提供できる人間か?答えはノー。では高卒で現場でバリバリ働いている、所謂「現場」の人達は?少なくとも報酬以上のアウトプットを行っているように見えた。
入社して3年経ち、この部分が非常に気になりだした。


大学を卒業しているから仕事が守られ、成果に見合わない報酬を得ているのでは無いか?
と同時に多かれ少なかれ、大企業やインフラ系、公務員ではこういう部分があるのでは?と言う思いが強くなり続けた。

気になりだした理由は、結局自分が「大企業」にもたれかかっているだけなのだというのをうすうす感じていたこと。

つまり、大企業という看板があっての自分であり、自分自身には価値が見出せなかった。

「同じ仕事を東南アジアの優秀な人に任せたらコスト面でも優位になるだろう」
「この程度の仕事なら下請に任せればコスト面で自分は負ける」
「そもそも、協力会社(所謂下請け)の人の方が自分の専門について詳しく知っているし、実務的には彼らの方が上である。しかしそれを監督する立場が自分の報酬を吊り上げている」

何かを束ねる立場の人が報酬を多く貰うのは理解が出来るが、それは現場での経験がありきだと思う。最初から束ねる立場に祭り上げられるのはおかしい。



私は仕事をしながら、世界基準で考えると自分はどうなのか?「一流大学卒・一流企業勤務」が無ければ自分は貰い手がある存在なのかどうなのか?を自問自答し続けた。


結論はすぐに出た。自分は「一流大学卒」で止まっている…

「自分はこれが出来て、これを知っています。」を持たなくてはならない。しかもグローバルレベルで。マネージメント?調整役?そんなのクソ食らえだ。自分に何も無い人間にマネージメントもクソもあるか?周囲が居ないと結局自分が存在できないという意味ではないのか?そんなモノは、まず自分で何かできるようになってからの話だ。

エリートは「一流大学出身」とか「一流企業勤務」とか「海外留学した」とか、そういうある時点での成果を持つ人間のことではないはずだ。
そんなモノはエリートであるための免許証であって、エリート候補をエリートにさせるものでも何でも無い。


このままではマズい。
会社に頼る人生になる。会社が傾けば自分も傾く。会社にノーと言えなくなる。
会社に切られれば、他に拾ってくれる会社は無い。
そもそも、給与・待遇が悪くなったらこの会社に居続けたいのか?


30歳手前にして未来に焦りを感じた。
ふと30代中ごろの自分の上司(7つくらい上)を見た。7年後に自分はこうなっているのか…


絶望した。


一流大学の中でも特に難しいと言われている学部を卒業して、30代中ごろで「これしか出来ない、知らない」のか。
世間一般で言えば非常に専門的で難しいことかも知れない。でも、自分にはそう思えなかった。実際、中途で入ってきた人が「新卒だったらこの会社入れ無かったよー」と言っていたのが印象的だった。つまり新卒時はトップクラスの優秀さを持つ学生が数年すると他の人達に追いつかれ追い越されているのだ。
中途の人の方が色々知っているし、技術的には上だった。情けない。


よし。転職しよう。社内転職じゃない。空気を風土を変えなくては。

しかしながら「良い待遇になれてしまったボンクラ」の私の転職活動は困難を極めた。

理由はいたってシンプル
「給料の割りに何も出来ない」
からである。つまり現在の待遇を下げれば仕事はいくらでもあるのだが、それが出来ないのである。

とは言いつつも、いいなと思える企業3社程度から内定を得た。
なぜ内定を得られたか?というと私にはいくつか強みがあった。


・国家資格を初めとして技術系資格をかなり持っていたこと
・英語が日本人としては極めて高いレベルにあったこと。英語での面接にも応じれた。
・何やかんやでレジュメが綺麗。一流大学、一流企業の過去の結果がある
・専門性が弱いにせよ、突然「微分方程式を解け」 と言われても対応できるだけの基礎的な理系体力


その中で、同じような大企業で一流大学の学生ばかりを集める企業からも内定を得た。
当初は福利厚生も従業員も同じような感じで、すこしばかり賃金が低くなるだけだったのでその会社に転職しようと思った。

でも、やめた。また同じことの繰り返した。
結局、数万人規模の総合職から従業員80人程度の中小企業に転職した。


その結果、現在英国の大学に在籍している訳だ。

ヨーロッパは日本以上に外国の労働者が入り込んできている。
グローバル化を日本以上に感じる。

上で書いた日本の特殊事情はここ英国では少ないように思える。
博士だろうがなんだろうが「社会から必要とされる何かを持たない人間」には仕事は無い。


一方でエリートは自分の国がダメなら、英語が通じる圏内で仕事を探す。
「就職先はアメリカです」みたいな話もよく聞く話だ。
国内で、英国人以外の人がちゃんとしたポストに付いているのを見るのも稀ではない。


特にEUの貧しい国(イタリア、ギリシャ、ポーランド等)からは優秀な知能が英国に押し寄せてきている。当然、優秀で無い層もいわずもがな。

同じことが日本にも起きるのでは?と思っている。
というか、グローバル化進めなければ日本は世界から孤立する。という事は、ユニクロの柳井社長が言うように「世界同一賃金化」が進むと思う。
つまり、長期的に見て、仕事の価値に対して賃金が決まる世界になると思う。
結果的に日本人の平均的な収入は世界水準で相対的に低下する。

マッサージを東京で受けると一時間6000円、タイなら2000円みたいな格差が是正される。


日本人は比較的豊かだ。
これはジャパンプレミアムがそうさせていると思っている。
日本人に生まれたから守られ、自身が優秀でなくても一定水準の収入が得られる。
こんな規制の枠で守られた生き方をしていてはこれからの時代に淘汰される。

日本人であるというプレミアムを脱ぎ捨て、
世界で自分はどのランクに属しているのか?を直視し、自分の価値を見極めることがグローバル化に対応するための第一歩では無いだろうか。


自分は「安定」という枠の中から飛び出た。
しかしこれは「本当の安全」を買いに行くための行動だと思っている。
自分で自分を守るには「武器」を持たないとだめだろう。

誰かが作ってくれた核シェルターにいるのと、自ら翼を持ち核が落ちてくる場所から逃げること どちらが安全かは一目瞭然だと思う。

核シェルターに皆でいればシェルターが未来永劫続くように思うし、シェルター内の誰かが何かをしてくれるのでは?という期待をもてる。そうかも知れないし、違うかも知れない。

自分は自分で人生を決めたかった。それだけの話かもしれないな。


大企業や公務員を否定はしない。
しかし、自分が本当に今の待遇に見合うだけの働きをしているのか?を常に考える必要は社会人ならあると思う。見合っていなければ、打たれ弱い 社会人ということだ。

都内のコンビニのレジは今はもう外国人。同じことがホワイトカラーでも起こる。



よしなに。