ほんかんたまご。
食いごたえありました。
ほんかん=天才バカボンのつながり目おまわり
本当に終わったと思った。
人生というものが。
4月7日午後11時32分の震度6強。
3.11も物凄く怖かったが、
生命的危険も感じたが、
つまり、死ぬかも、と思ったんだけど、
覚悟まではしなかった。
4月7日午後11時32分、俺は覚悟しました。
ダメだ。これはダメだ、と。
こうやって終わっていくのだなあ、と。
ああ……、と。
あのニャニャメ揺れ、
その本気加減がマジマンションをぶっ潰してくると思ったのだ。
だってほんとに、/←こんな角度でマンションを揺らしたんだもの。
視界にこの角度で砂の嵐が走ったんだもの。
マンションが潰れもせず、死にもせず、揺れが収まった時、そこにあったもの、
それは「地球の悪意」だった。
地球が悪意を抱く、
そんなことは思ったこともなかったから、
そうかいそうかい、と思った。
なーんだ、対等じゃねえか。
3月16日(水)雪
8:00 マンション館内放送、「中学・高校生で炊き出し等手伝える方、管理棟に集まってください」
3月12日早朝を最後に聞こえなくなっていた東北放送(ラジオ)が復活。
館内放送、「(マンションの隣りの)百円ショップが11時~14時開店するそうです!」
スナック菓子数品、LED懐中電灯(!)等、5品購入
体をあっためるもの(つまり、酒類)切れにより12日に親切だったローソンへ。
棚はガラガラなのに、まだ元気にやっていた。
カップ焼酎(黒霧島ほか)、モルツ(大好き!)、白ワイン購入
町内会の配給(町内会長、ショージさんの人脈による功績)
朝、おにぎり、ウインナー、桜餅、ソーセージ、みかん(各一人一個)
昼、海老汁(?)、ずんだ餅、ソーセージ(同上)
夜、おにぎり、なめこ汁、焼きそば
この日に限らず、ショージさんは遺憾なくその政治力を発揮してくれた。感謝。
3月17日
夕方、電気、水道復旧!
3月19日
震災後、初出社。
4月6日までのあいだに、石巻、塩釜、荒浜、蒲生の津波被災地を見る。
地震そのものの建物被害も、卸町、扇町でビルが崩れる、マンションの内部崩壊など甚大。
4月7日 23:32 震度6強の大地震
斜めにグワングワン振られる建物を押し潰そうとするような強烈な揺れ。
11日にも言わなかった言葉が思わず口に出る。「こりゃもうダメだわ……」
でもマンションは崩れず。「生きてたぁ……」
3月13日(日)
マンション町内会から
午前、おにぎり(中に!海苔)配給。あったかいごはんをあったかい陽の下で食った。
昼、ちりめんジャコ入りおにぎり
「マンション敷地内(うちのマンションは敷地内に四棟、で、一つの町内会)で水が出る所がある」ことが判明!
3月14日(月)
快晴(17℃)の空の下、ヨークベニマルまで自転車で。一時間近く並んだ末につまらない買い物。
3月15日(火)
6:30 様子見出社。20名ほど出社。17名介護タクシー。あとはガス充填要員(6時間以上かかる)
「じゃあ、また」と言ってすぐに帰宅。
福島原発壊滅的とのニュース
15:50 二番館(敷地内のマンション)の前に焼きいも屋登場!たちまち列が。
すぐに完売。踏切を超えてやってきた青年買えず。
約一時間後、また戻ってくる。が、すでに夜食配給のあとにて、一人二人しか客集まらず。