しかし、と我ら夫婦は勝手に思う。こんなきれいに管理された公園に石なんて落ちてんだべか。
夫婦の杞憂など無為だった。のそのそ歩いていった熊くんが戻ってきた時、その右手には、常人が持つには両手が必要と思われる石がむんずとつかまれていたのだ。
しかし、と我ら夫婦は勝手に思う。一個じゃお話にならんだろう。
そんなことは、よく見れば楽天ゴールデンイーグルスのトレーナーを着てたりする熊くんにも合点承知の助だった。また彼は旅に出た。
戻ってきた彼の、今度はその両手に石があった。何かから欠け落ちたと思しきごつごつしたセメントのかたまりと平たい丸石だった。これで三個。角々に置けば時折吹き来る風速10m程度の奴に負けはすまい。彼は穴、いや、テントにもぐりこんだ。
しかしああ無情……「石なんて!」なのだった、風にとっては。軽いブルーシートの地面との間に入り込んだ風は軽々石など押し上げてしまったのだ。
大きな風音に、もしかして……と穴から顔をもぞもぞ出した熊くん、やっぱりなの光景を前にしばしこう着。もしかしたら周囲の視線を少しは感じていたのだろうか、それは無表情な、無理して作ってるかのような静かなこう着だった。
すごすご穴から出て立ち上がる熊くん。また石を探しに旅に出る。
それが我ら夫婦から見て南西10mあたりで繰り広げられている青春風景だった。
ここで俺は妻から左後ろを見ろと支持を受ける。で、振り向いた。我らの北東12mあたりにあったのはまさに冷静そのものの、青春を通過した風景だった。
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それはクールな風情に満ちていた。そこだけが静かだった。
熊くんが二十歳程度の学生なら、冷静な彼は25、6といったところか。
細身のスーツにコートはなし、ネクタイもなし、彼も一枚のブルーシートを管理する「花見場所取り隊」の一人に違いなかった。ところがその彼ときたら風のことなどまったく気にしていない。吹くなら吹けといった気負いの影もない。ただ静かにブルーシートの端にあぐらをかき、膝の上に開いた本に没頭しているのである。見ていると、時々その本に蛍光ペンなど走らせている。
受験勉強?そんな雰囲気。たぶん昇格試験、もしくは公務員試験?
完璧な余裕。
同じ「花見の場所取り」をしていて、なぜ彼は熊くんに比べてこれほどまでに余裕をかましていられるのか。
「あれで十分なんだよね」と我ら夫婦の片割れ、つまり妻は言った。
あれ、とは。
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熊くんのブルーシートが風が吹くたびにめくれ上がる。
サラリーマン風の彼のブルーシートはまったくめくれ上がらない。
その違いを発生させているのは数本の細い枝だった。
リーマンちゃんはブルーシートのへりにほぼ50cm間隔でそこらに落ちていたと思われる
桜の細い枝が立っていたのだ。
重い石と桜の細い枝。
それは何やら、宴会のための場所取りという行為に対する
熊くんとリーマンちゃんの心の在り方の違いを象徴しているようにも、
我ら夫婦には感じられたのだった。