銀の龍へ
想い託す
見上げる空の
今でもたまに一人で祖父のお墓参りに行きます。高校生らしくないよね。友達にもそう言われました。自分でもよく分からない。
呼ばれているのだろうか?なんてね(笑)お墓の前で近況と今の願いをおじいちゃんに僕は話すんだ。もちろん、心の中でね。
本当は無口な僕だから、今じゃ、家族の中で一番自分の事話している存在かもしれないな・・・当然、返ってくる言葉は何もないけど、「こう言ったら、きっとおじいちゃん僕のこと「馬鹿もんっ!」って叱ってくるだろうな・・・」なんて勝手に想像してます(=⌒▽⌒=)
二年前に祖母が「おじいちゃんの追悼花火を上げる」って聞いた時は本当に驚いたし、何も知らない僕は「お金大丈夫?」とか心配したりしたんだ。親戚の中じゃ、おばあちゃんとおじさんと僕しか、その花火は見なかったけど、「本当にやってよかった」って刹那に煌く空を見上げて、想い強くそう思った。
今年もまた、僕らの町に祇園の季節がやってくる。
おじいちゃん、僕は今年の花火を見ながら、貴方のことをきっと思い出します。
何でこんなに思い入れがあるかって言うとね、僕はおじいちゃんに言葉じゃ言い表せないほど大きな愛を貰った事があるからだよ。思い出すだけで涙がこみ上げてくるんだけどね(・・。)ゞ
いつもお兄ちゃんと二人でおじいちゃんの家で時代劇を見ていた僕らは、おじいちゃんの余命が少ないって知った時は本当に驚いたよ。でも、幼い僕はなんだか「死んじゃう」って事がよく分からなかった。
花札を楽しそうにやってるおじいちゃん、僕のつまみ食いを叱るおじいちゃん・・・そんなおじいちゃんが僕の知らない場所へ行くとは思えなかったんだもん。
高校受験を控えた年に、おじいちゃんがまた入院して、僕はちょくちょく病院に顔出して、テスト週間中でも見舞いに行って、おじいちゃんの様子を見ながら病院で勉強してたよ。
病気は月日が経てば経つほど容赦なく、おじいちゃんを蝕んでいって、そんな姿を見る僕ら親戚一同はいつもいつも悲しみを堪えながら看病してた。
「もう駄目だ」、「神様、あんまりじゃないか!」って何度も思った。それでも、おじいちゃんは必死に生きてるのが分かった。感動や悲しみやら、ごちゃ混ぜになった感情からか、家族に知られないように僕も何度も泣いた。
痴呆が始まった時だったかな・・・
一向によくならないおじいちゃんを見かねて、ついに堪えていたものが溢れ出したんだ。
おじいちゃんのベッド脇の椅子の上で僕は声を上げて、泣き叫んだよ。
「うわ~ん・・・おじいちゃん、良くなってよ!」って・・・この時、僕は15歳なのにね・・・もう大人になってきてるのにも関らず、子供みたいに泣きじゃくった。
痴呆が出て、食欲もなくなったおじいちゃんを見て、涙が止まらなかった。悲しくてたまらなかったから・・・
そしたら、おじいちゃんがね・・・泣きじゃくる僕を見て、か弱い声で僕の名前を呼んだんだ。
震えるような声で、今にも途切れそうな声で・・・痴呆が始まってるにも関らず僕の事を覚えてくれてたんだ!病気や時の残酷さに負けない、僕の記憶があったんだよ・・・他の事は忘れてるくせにさ。
僕が「何?」って涙目を擦りながら尋ねるとおじいちゃんは震える手で何かを掴んだ。
それはね・・・“病室のテレビのリモコン”だった。
最初は何か分からなかったけど、それはね、おじいちゃんからの僕への“プレゼント”だったんだ。
「は!?」って思う人も多いかもしれない・・・リモコン自体には何の意味もない。ましてや、病室のだ!健康体の僕には何ら、関係ない。痴呆の始まっていたおじいちゃんだって何故、リモコンなのかは自分でも分からなかったはずだ。
でも・・・物が何かなんて僕にはどうでもよかった。
だって、そのリモコンにはおじいちゃんの僕への愛情がいっぱい籠められていたから。
あんまり喋ることの出来なかったおじいちゃんの「泣かないでおくれ」って言う僕への優しいメッセージだと気付いたから。
自分が一番辛いを思いをしてるはずなのに・・・孫の僕のことしっかり考えてくれた。
僕はその時、今までで一番大きな愛情を貰った気がしたんだ!
人生の締めくくりを飾る大した言葉の一つも言わずに、おじいちゃんは逝ってしまった。卒業間近の学校の日、知らせを聞いた僕は大声で泣きながら学校に行った。病院から知らせを聞いた時、僕はショックのあまり躊躇ったけど、まごついてると電話の向こうで祖母の怒声が響いた。僕にはいつも甘いおばあちゃんだけど、その時初めて僕はおばあちゃんに叱られたんだ。
教室に着くなり、僕を心配した皆の声を引き金に学校中に聞こえるくらいの声で僕は泣き叫んだ。
「うわぁ~ん!!死んじゃったよぉ!!」
おじいちゃんの容貌全てが思い出に変わっていくのに気付いたとき、僕はそれが「人が死ぬ」って事なんだと気付いた。
色褪せる事のない記憶、“命”とはそんな風になるまで僕の心に深く色を遺すのだ。
未来に何が起こるか皆目見当つかない。それでも、確かに「あの時貴方がいた」という事実はいつまで経っても変わらない。
それは祖父に限らないことで恋人も友達も・・・出会いの全てに言えること。
祖父の遺体が白い煙になって痛感した、命や時間の尊さ・・・
遺影を持つ僕の手は震え、目には大粒の涙が絶えず溢れていた。
時は経ち、僕はまだ世界の中で生きている。先のことは何一つ分からない・・・進路選択に悩む僕がいる。そんな時、ふと思うのは「今は天国にいる大勢の人々がどんな風に生きていったか。」だ。
天国と僕のいる二つの世界を照らし合わせ、僕は未来を想う。どんなに迷おうが、とにかく前へ。自分が望む幸せの方角を進路に。
二年前の祇園祭り、銀の昇り龍が僕の惜別の想いを乗せて舞い上がった時、あるいは夜空に大きな花が咲いた時、僕は歩いていく決心がついた。成長できた気がした。「死」を見つめ、「生」の重大さを知った上で。
今も思い出しては泣いている。泣き虫なところは何一つ変わらない。あの頃と同じ祇園の季節またやってくる。僕はいつまでも忘れない、愛情、思い出、、生まれたこの命の重さ。
銀の昇り龍はまたどこかで誰かにその事を教えてくれるだろう。
