忘れた頃に1本の電話があった。


「ご無沙汰してます。お元気ですか?

その節は大変お世話になりました。」

夏にバイクでやってきた東大生君だ。


博士は不在だと告げ、しばらく話をした。


「ところで、あのあとビデオを持って大学に戻り、うちの教授達に見せたんですが・・・。

誰も信じてくれませんでした。

絶対に何かトリックがあると言って・・・。」


日本の最高学府の頂点に立つ大学の教授達が誰ひとり信じなかったことが、彼らの鼻をあかしたようで奇妙に楽しかった。


「僕、そろそろ就職のことを考えないといけないんですけど・・・。

そちらに行って博士のお手伝いをしようと思うんですが、どう思われますか?」


「お給料出ないかもしれないよ」と言うと、


「その時はバイトでも何でもして手伝います。」と言う。なんと見上げた心がけか。



「君の親御さんはどういってるの?」


「鎌倉でけっこう大きな不動産業をやっていて、父は僕に継いでほしいと思っていると思います。」


さて困った。なんと答えればよいのか。

私の言葉などで日本の未来を担う青年の進路が決まることはないだろうが、うかつな事は言えない。


「君は、博士の人間性を黒か白、どっちだと思う?」と問うてみた。

「黒に近いグレーでしょうか。」

ちゃんと見抜いている。


「私は思うんだけど、博士の研究は、きっと世に出ることはないよ。

あの人の周りはろくなブレーンが集まらないし、これから先も博士が変わらないかぎり同じだよ。

どんなに世のためになる素晴らしい発明でも、博士は握ったまま死んでゆくような気がする。
逆に、君が来なくても出るときは出るよ。

だからみすみす、お父さんを悲しませて人生を棒にふるような道を選ぶ事はないんじゃないかなあ。

よーく考えた方がいいよ。」


彼を来させるべきじゃないと思った。



そして、師走の寒空の下、研究を横取りできなかった協力者に捨てられた博士は、新しい出資者のいる九州へ行ってしまった。


用意された、暗くて重い玄界灘を見下ろす超高級マンションへの引越しを、京都の例のお兄さんとその弟に手伝わせ、私の給料3ヶ月分を未払いのまま博士は行ってしまった・・・。

手元には少しのお金も無かったと、後日愛人が言っていた。


九州行きが決まる少し前、博士の2度目の妻である台湾女性が、突然来日してきたことがあった。

博士は私に、妻の相手をしてやってくれと言って、愛人と数日間行方をくらました。

私は訳がわからぬまま、博士の嘘に加担させられた。

博士の不実な態度に不安がる彼女に、本当のことなど、かわいそうで言えるわけがなかった。


台湾で待つかわいい一人息子の話をし、驚く程美味な台湾の家庭料理を作り、私にふるまいながらレシピを語り、博士の体を心配する彼女の優しさだけが、半年間でただひとつの真実だった気がする。


自分の想像を超えたものに、人は簡単に騙される。


博士から、支店として残って連絡を取り付ける仕事を続けて欲しいと言われるが、残る気はなかった。


マンションの片付けに戻った時、博士の愛人が、初めて私に話しかけてきた。


「あなたも博士のことが好きだったんでしょ?」


(゚д゚)?めまいがしそうだった。

『そんな事思ってたんだ、この女は・・・私は博士が大嫌いだったというのに・・・』


そして彼女は、不安でいっぱいな胸の内をさらけ出してくる。

博士の発明を本物だと思うか

信じてついて行ってこの先成功するだろうか

私はどうしたらいいと思うかと。

おそらく今まで、誰にも相談できなかったのだろう。


運送会社の社長夫人だった彼女に、金銭的な不自由はなかったはずである。

彼女の心配は、夫から博士に乗りかえて、期待どおり巨万の富を享受できるかという一点だった。
彼女の高校生になる娘も、成功しそうもないからやめた方がいいんじゃないかと言い出したそうだ。


『あんた達、何か間違ってる。

間違ってるから腹をくくれないんでしょー!』

ホントはそう言いたかった。


「博士を愛してるなら信じてついて行けばいいんじゃないですか?

私ならそうします。」

それだけ言って私たちは別れた。

その後、彼女と娘がどうしたのか私は知らない。



博士は今も欲に目がくらんだ出資者達の間を渡り歩いて生きているのだろうか・・・。

この世には、画期的な発明も新発見も、世に出ることなく埋もれ去っていく事がたくさんあるに違いないと、ふと思った。

真実の積み重ねの結果しか、実を結ばないものかもしれないと。


善因善果、悪因悪果。


真実の実をいつか私も手に入れることができるだろうか。

まだまだ旅は続くのだろうか。





魔法の水が人類の新たな燃料として製品化された話も、まだ聞こえてはこない。