不思議な科学者(以下、博士と呼ぶ)にスカウトされ、彼のマンションに出勤して3ヶ月が過ぎようとしていた。
ある日博士を訪ね夏休みを利用して、東京大学の学生がバイクでやってきた。
「DAIM」という雑誌の特集で取材を受けた博士の研究に、ひどく興味をひかれたのだという。
その研究とは、ガソリンに代わるほぼ無公害の液体。
海外のとある法人の社長や役員が、お忍びで見に来ることもあれば、アメリカのエプソン社から引き合いのFAXが入ったりしていた。
数年前に初めて京都で発表しかけた時、前夜、裏で巨額のお金が動き、拉致されそうになって、急遽発表するのをやめ、私の住むこんな片田舎にひっそりと身を隠すように逃げてきたというのだ。
それはそうかもしれない。
そんな燃料が出たら、油田のある国々は潰れてしまうだろう。
世界経済は大混乱だ。
「DAIM」の取材も、居所がわからないようにホテルの一室で受けていたため、東大生は出版社を通じて博士に連絡してきたらしい。
さて、誰かが訪ねて来るたびに私は燃焼テストをする。
ベランダに2枚の白い西洋皿を置き、一方にはマンションの下のスタンドで買ってきたばかりのガソリンを注ぎ、もうひとつの皿には、ガソリンと水の割合が1:9、完全に分離している液体に博士の作った<魔法の水>を一滴たらしたものを同量注ぐのだが、この液体を作る時に不思議が起こる。
ガソリンは油なので、水と混ぜても混じり合うことはない。
攪拌し、白濁したエマルジョンの状態にはなっても、しばらくしたら分離してしまう。
ところが、<魔法の水>たった一滴で、かき混ぜなくても水と油が融合し、サラサラの透明な液体に変化するのだ。
二つの皿に点火すると、ガソリンは赤い炎に黒い煙を出しながら燃え、白い西洋皿はすすで真っ黒になるが、一方の不思議な液体は、ほとんど煙を出さず、9割が水のはずなのに、綺麗に燃えてしまい、皿は真っ白のまま。
多少、科学の知識があると、ここで歓声があがる。
現代科学では有り得ないことらしい。
ガソリン車に魔法の液体を入れ、京都から九州までの走行テストを行い、無公害で問題なく走ることも実験済だという。
ビデオカメラ持参の東大生に録画させ、笑って博士はこう言った。
「帰って東大の教授に見せたらいいよ。きっと誰も信じないから。」
もちろん、トリックなど無いように、ガソリン購入から最後まで、全て私ひとりが実験している事は、立ち会った皆が知っている。